「鎌倉市は社会の質を重視してウェルビーイングなまちを目指す」鎌倉市長・松尾崇さんがいち早く「共生社会」を重視した経緯とは
まちづくりに興味を持ち政治の道へ
伊藤:松尾市長、はじめまして。本インタビューのモデレーターを務めます、フィラメントCIF(Chief Issue Finder)の伊藤羊一と申します。今日はフィラメントのCEO角勝さんと、CBA(Chief Business Architect)の古里圭史さんとご一緒します。
さっそくですが、市長の簡単な自己紹介をお願いします。
松尾:鎌倉市長の松尾です。現在鎌倉市長は4期目で、13年目になります。1期目から「鎌倉を世界に誇れる持続可能なまちにしていく」ということをビジョンに掲げておりまして、4期目のミッションとしては「共生社会を共創する」を掲げています。鎌倉市は平成31年に共生社会の実現を目指す条例をつくりまして、一人一人誰一人取り残すことなくその人らしくいきいきと暮らせるまちを目指しています。
伊藤:政治家を志されたときは、やっぱり“わがまち鎌倉を”という思いがあったのでしょうか?それとも政治の道に進みたいという思いが最初にあったのでしょうか?
松尾:最初は政治をやりたいという思いからでした。社会人になって、まちづくりに関わる本を読むとすごくワクワクして、会社の近くにあった自民党の政治学校に週2回通っていたら、それもまた面白いと感じたんです。今も国会議員をされている江田憲司さんが、当時首相秘書官を辞めて、自民党で国会議員に出るというタイミングだったので、ぜひ応援したいと思って会社を辞めて飛び込んだんです。
伊藤:なるほど。市長は最初はまちづくりに興味を持ち、政治にも興味を持たれたわけですね。実は、松尾市長が出られているウェブページの記事を拝見したんですけれども、このときに印象的な表現をされていました。「市議会議員に当選されたときに、以前、お父様も市議会議員をされていて、そのお父様がどういう志を持ってお仕事されていたのかを知って、ものすごく後悔した」ということをお話しされていました。そのことについてもう少し詳しくお聞かせいただけますか。
松尾:そうなんです。父が20年市議会議員をやっていました。そういう意味では政治というのは身近に感じていた立場ではあったんですが、当時の私からは、いわゆる古いタイプの政治をやっているとみえて、それが好きになれなくて。私は江田さんに“新しいタイプの政治”というのを求め、「自分が新しいタイプの政治家として父を超えるんだ」という思いで地元の市議会議員選挙に出ました。
それが市議会議員のスタートなんですけれども、「後悔した」と書いたのはそのあとの話です。ずっと父の政治のやり方を好きになれず、邪険に扱ってきたんですが、直接父の政治の話を聞いたのか?と言われると実は1回も話したことなかったんですね。私は周りの人たちから父に関して色んな噂話をたくさん吹き込まれていたようで、ちゃんと向き合って話をしたら事実はやっぱり全然違っていて、色々な良いことやっていたんですよね。私が市議会議員になったあと、色々な方から父が行ってきた色々な良い話を聞きました。「うちの障害のある子が働けないっていうときに本当に親身になって一緒に職場を探して歩いてくれた」という話とか、「緑を守っていくために署名活動を一緒にやってくれた」という話を聞いたときに、本当に1人1人の住民のみなさんと向き合って、寄り添って政治をやっていたことがあらためて分かって。素晴らしいと父を私の中で認めることができました。
伊藤:それは市議会議員をやられたからこそ分かったっていうところはありますよね。
松尾:そうですね。
「共生社会」というミッションのはじまり
伊藤:松尾市長の、この13年を振り返ってみるといかがでしょうか。
松尾:実は最初の市長選に出たときは、そこで出ようって思っていないタイミングで出ているんですよ。
角:そうなんですか!
松尾:県議になって少なくとも1期4年はやっていきたいという思いがありましたから。まだまだ自分自身経験不足、知識不足だと自覚しているところはありました。
でも当時の現職の市長にマンション開発許可が取り消される問題などがあって、私がここで立たなければならないと思い、県議をやって2年経ったタイミングで市長選に出ました。
でも、市長1期目のころ、色々なことがうまくいかなくて、壁にぶつかり、あらためて色々な市民の方たちと鎌倉の未来を話していく中で、原点に返って鎌倉の良さについて考え直しました。それで「共生社会を共創する」というミッションを紡ぎ出していきました。
伊藤:なるほど。どのリーダーシップにおいても多分そうなんですけど、「常に未来を見据えて共に語っていく」ことが大事なんだと思います。まさに松尾市長自ら経験されて、そこがじわじわとあがってきたということなんですね。
ちゃんと切り詰めて節約しながらやっていくのは大事なんですが、それだけやっていたら駄目で。未来を見据えてつくっていくものをみんなで話しながら、削るべきところもコンセンサスを得るという順番が大事だっていうことなんだと思います。
共生社会に鎌倉市がいち早く取り組み始めた理由
伊藤:「共生社会を共創する」ということについて、今こそ世界中で「だれ一人取り残さない」ということが重要視されるようになってきましたが、松尾市長がそれ以前からそのように思われた理由や背景、経緯についてお聞きしたいです。
松尾:理由の一つは鎌倉のまちの歴史に紐づいていると思います。鎌倉には「建長寺」というお寺があり、そこには「けんちん汁」という、落として崩れてしまった豆腐や精進料理に使った野菜の切れ端などをつかっていたと伝わる料理があります。「建長寺汁」からそう呼ばれるようになりました。そうした”もったいない精神”があります。
また「円覚寺」というお寺では、元寇で亡くなった元と日本の兵士を敵味方分け隔てなく弔ったと伝えられており、共生思想が大事にされているといえます。
そういう考え方を鎌倉というまちがずっと大切に貫いてきた歴史から、共生の思想で社会を共創していくことの大切さを感じました。そういう意味では狭い意味でも広い意味でも「共生」という言葉を使っています。
伊藤:その言葉を一番最初に市長としてお話されたのはいつ頃からなのでしょうか。
松尾:2期目ぐらいだと思います。
伊藤:相当早いですよね。最近SDGsやサステナビリティの文脈で日本は周回遅れといわれていますが、歴史を紐解いてみると、日本において「共生」は自然と出てきていたのだと気付きました。市長が最初にそのことを宣言した時は時期が早すぎで、周りの人々からは理解されなかったのではないかと感じるのですが、どうでしたか?
松尾:当時のことを思い出すと、鎌倉の価値や意味について皆で語り合う中で共通することとして自然と出てきたキーワードのように思います。このキーワードが届いているかとか、響いているかということはあまり自分の中では関係ないと思っています。「共生」という言葉は非常に広く捉えられるものですから、今後もこのキーワードを言い続けていくつもりです。
古里:「共助」とかっていう言葉はよくいろいろな自治体とかでも聞くんですけれども、「共生」ってやっぱりすごく大きい言葉だなと思っていて。そこにすごく志を感じました。
伊藤:感じますね。もし私が仮に松尾市長だったとしたら、ここ1、2年でようやく世の中がついてきたって思うと思います。それを世の中に先駆けて宣言されたのは本当に素晴らしいなと思いました。
外部の力も借りながら人材育成を進めたい
伊藤:本インタビューを実施するにあたって、松尾市長には事前に「民間企業との連携によって解決が期待される課題」についてのアンケートにお答えいただいています。「①人、②お金、③魅力、④効率、⑤考え方、⑥その他」という6つの課題分類の中から、市長からは「①人ー市役所で働く人財に課題がある」、「②お金ー外部への資金流出が多い」の2つを挙げていただきました。まず「人」についてお聞かせ願えますか。
松尾:市役所のDXやコロナ禍における新しい観光の在り方などについて、専門的なスキルを持つ職員がいないということが課題として挙げられます。そういう人をこれから育てるとともに、短期的には外部の力も利用していきたいです。
伊藤:なるほど。市役所の人材の方が育っていけばいいんだけど、短期間に育つものでもない。外部の方と共創しながらやっていくということになると、いろいろなかたちでの実証実験などをやりながら、積み上げていくのがよさそうですね。フィラメントも絡んでいるNTTコミュニケーションズさんとかが挙げられそうです。そうした取り組みについて、うまく行った事例はありますか。
松尾:たくさんあります。リビングラボという仕組みの中では、イトーキさんと一緒に、自宅でテレワークをするときに使うテーブルを開発する機会がありました。「オノフ」というものがイトーキさんから実際に発売されることになりました。
先日フィラメントの角さんからご紹介いただいたNTTコミュニケーションズさんとのテレワークの実証実験も、大変有効な取組みだったと思います。
高齢者の一人暮らしの方には、スマートスピーカーが非常に相性が良いようです。スマートスピーカーとあいさつや会話をするだけでなく、毎朝ラジオ体操したりお経を読んだりといったコンテンツを使っていただく実証実験では、高齢者の方が大変楽しんで使っているというようなことがありました。「スマホをいじるのは嫌だけどこれならいける」という高齢者の人たちの笑顔が忘れられない取り組みになりました。
伊藤:今「DX」とか「デジタル化」とかがいろいろなところで叫ばれていて、それらによって人々の生活が便利になる可能性は満ち満ちていると思います。でもだからといって、なんでもかんでもデジタル化するということでもないと思うんですね。そういう意味でいうと、市長が注力されていらっしゃる分野はやっぱりワーケーションと、高齢者の方向けの2つということになるでしょうか。
松尾:そうですね。一人一人がその人らしく生活するためには、どのようなチャレンジができるのかという文脈で、多様な働き方を実現できるまちを目指したいと思い、これらの取り組みをしています。特に障がい者、高齢者、女性に注力しています。
伊藤:鎌倉は過疎化が進む自治体に比べて人口も順調に推移しているように思われるし、問題意識として人口を増やすとかワーケーションに頼るとかしなくても色々できることがあるのではないかと勝手に考えています。人口減に苦しむ自治体は関係人口づくりを考える必要があると思いますが、鎌倉市の場合はもっと本当に住んでいらっしゃる方々の幸せの方を考えておられるのかなと。DXは手段ですけど、そこで市長がフォーカスされているというところはどんなところなのか、もうちょっと深く突っ込みたいと思います。
松尾:そうですね。DXに取り組む目的はあくまでも共生社会を実現するためです。一人一人これまでできなかったことや諦めていたこと、実現できなかったことができる社会を目指しています。それは例えばテクノロジーを使うとか、隣の人が助けてあげるとかすることで実現できることもあるかもしれない、そんなことをイメージしながらつくっています。
そういう意味ではたしかに人口減少を気にしなくてよく恵まれているかもしれません。でも、人口が減少するのは仕方ないと捉えています。それによって税収が下がるならそれにあったまちのつくり方をしていこうと決めています。あとは住んでいる人たちだけの鎌倉市であるということではなくて、関係人口、交流人口の方々も、市民と同じように参画していただくという視点が大事だと思っています。
伊藤:そう考えると、単純に住んでいる人を増やすという話ではなく、とにかくそこにいる一人一人が幸せじゃなかったらいくら人口が増えてもダメということなんですね。観光、ワーケーション、企業といった人たちもみんなWell-being(ウェルビーイング)であるという社会。それこそ日本が目指すべき姿そのものですね。日本の人口が減っていくのは避けられないわけで、その減っていくとか減っていかないとかをどうこうするっていうよりも、その中でどう一人一人が幸せになっていくかという。
角:本当それですよね。「共生社会」、「共に生きる」って、人と人との生命の繋がりをつくっていくっていうイメージがあるんですよね。「Quality of Life」は「生きる質」という意味ですが、逆の言い方をすると「Quantity of Life」、量の話ですね。量の対立概念として「質」を高めていく。「生きている、住んでいる人の質を高めていく」という話ですよね。そしてそれが人との繋がりを増やすことによってそこの質が高まっていくっていうお話をしていただいているのかなと考えていたんです。そうすると、鎌倉市に住んでいない「関係人口」も繋がっている人だから、その人たちとの繋がりをどうやって活かしていくのかっていうことも多分考えていらっしゃるのかなって思いながらお聞きしました。
松尾:ありがとうございます。その通りです。
角:でも量を追わないってすごい大事なことなんだろうなと思ったんですよ。
古里:私がいる飛騨高山みたいな地方部の行政の首長さんの考えとして、やはりそういうお話をよく聞くんですね。人口減少は止められないから。なんとかそれに耐えうる、それを前提としたまちづくりをしようと。私から見ると、鎌倉ってものすごくリソースにあふれていて、ある意味人を増やそうと思ったらそれも目指せちゃうような場所なんじゃないかなと思うんですよね。そんな中でも量を追わないまちづくりに置きどころを持たれているっていうのが何かすごく学びがありました。
松尾:ありがとうございます。
角:人材に加えて、もう1個アンケートではふるさと納税とか鎌倉市外の企業についてもちょっとふれていただいているんですけど、これは企業の誘致をしたいというお話になりますか?
松尾:そうですね。企業に鎌倉から新たな価値を発信してもらいたいと思いますし、そういう企業があることで、私たちもたくさんの気づきをいただきたいという意味合いがあります。
伊藤:なるほど。ヤフーなんかもどこで働いても良くなってきているので、移住を始める人間がどんどん出始めているし。おそらくそういう流れで、企業としても、その拠点が流動化していくんじゃないかなというふうに思うのでこれからチャンスですよね。
角:大体すごい人がいっぱい移住していますもんね。トップビジネスパーソンみたいな人たちがたくさん移住していったら、多分その人たちがどんどん企業とかも起こしちゃいそうだし。副業で新しいチームをつくって、そしてまた経済に寄与するみたいなこととかもどんどん生まれていきそうな気がするのは、鎌倉の持つポテンシャルの1つなんだろうなとは思いますね。
ビジネスパーソンへのメッセージ
伊藤:最後にあらためて鎌倉について、ビジネスパーソンの人たちに訴えたいことがありましたらお聞きしたいと思います。
松尾:鎌倉の魅力は、海があり山がありというところなので、ここにいるだけで幸せを感じられるという環境があることです。しかし、そこにとどまらず、生きとし生けるものすべて鎌倉の中でお互いがすべて関係しあって、いいまちになっているということを感じられる、一体感のあるまちを目指しています。少しずつそうなっていると思うので、ぜひその仲間にはいってこの鎌倉の中で一体感を感じ、その質を一緒に高めていただきたいと思っています。
それからもう1つは、やっぱりその中でも脈々と引き継がれてくる鎌倉の精神性です。言葉でいうと新渡戸稲造先生の武士道のようなことですね。生きていくうえで幸せになるヒントとか、悩んだときの気づきとか、そういうことがあらゆる場面で得られるまちだったりするので。ちょっと悩んだり迷ったりしたときに鎌倉に住んでいるということが大きな救いになることがあるんじゃないかと思うので、ぜひ鎌倉に来てほしいなと思っています。
伊藤:ありがとうございます。
角:でも今のお話、新渡戸稲造先生の言葉が出てきましたけど、「人生の目的は人格の完成である」ということも言っているんですよね。だから共生社会の話の中でQuality of Lifeの話もしましたけど、結局それも同じことだと思っているんですね。人格の完成のためには人生の質を高めていく。そのためには、ほかの人に対して貢献をしていくとか、困っている人を助けるってこととかですよね。そういうふうにする中で繋がりをつくり、その繋がりが多ければ多いほど人格の完成に近づくんじゃないかなというふうに僕は思っているんですよね。そのためのまちとしての魅力、鎌倉の魅力をものすごく今日感じたインタビューでした。
あともう1つ。同じことが人だけじゃなくて法人にも多分言えるんじゃないかなというふうにも思っていて。法人が成長していく、法人が自分の人格の完成に繋がっていく。そのためには人の繋がりが必要です。それが商売だったりとかもすると思うんですけど、鎌倉の場合は単なる商売以外の繋がり方を模索できるようなまちなんじゃないかと市長のお言葉を聞いていて思いました。だから我々よく、関係人口の法人版の「関係法人人口」もこれからは大事なんじゃないかというふうに申し上げていて。鎌倉だとまさにいろいろな接点をつくるファンであったりとか、あるいはここで何か実証実験をやりたいとかそういう関係性をつくることができて、鎌倉市の関係法人人口もどんどん増えていくってそういう可能性に満ちあふれたまちなんじゃないかといふうにも思いました。
伊藤:ありがとうございます。日本が目指すのってこういうことなんだなとお聞きしながら思いました。精神性とかも含めてですね。国民全員になるとコンセンサスなんて得られないかもしれないけど、でもやっぱり自分たちの住んでいる国に対するイメージってちゃんと持っていたほうがいいし、みんな話していけばそれがコンセンサス得られるし。
しかもSDGsの考え方って日本人はそもそも得意なわけで。それはなんでかというと歴史に学ぶわけだし。鎌倉は日本が目指すべきことなんだなというのはお伺いしていて思いました。
角:「共生共創」って言葉って「分断」の逆なんですよね。分断の逆なことをかかげていらっしゃるから繋がりの意識が強くなる。
伊藤:今、世の中分断だらけですからね。
角:そうなんです!分断だらけですね。分断と無理解ですよ。そこと逆のことが大事なんだっていうのをずっとかかげていらっしゃるってことですよ。わかってよかったです。ありがとうございました。
【プロフィール】
株式会社フィラメント/Filament Inc.
QUMZINEを運営するフィラメントの公式ホームページでは、他にもたくさん新規事業の事例やノウハウを紹介しています。ぜひご覧ください!