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東京駅すぐのTOKYO TORCHにはなぜ「錦鯉の池」があるのか? 〜公民共創のコツを新潟県小千谷市・大塚昇一市長と三菱地所 TOKYO TORCH事業部・谷沢直紀さんにお聞きしました〜

前回はTOKYO TORCHの概要について、三菱地所 TOKYO TORCH事業部・谷沢直紀さんにお話を伺いました。今回は、TOKYO TORCHの独自コンセプトである「地方の魅力を発信する取り組み」を深掘り。地方自治体との共創プロジェクトの中から、小千谷市との先行事例「錦鯉が泳ぐ池」をピックアップする形で小千谷市・大塚市長と谷沢様の鼎談を実施しました。両者の共創プロジェクトが実現に至った背景と経緯、本取り組みを通じて期待する効果、また自治体と民間企業の共創をスピーディに実現していくために必要な要素はなにか?などを詳しくお聞きしました。(文/QUMZINE編集部、永井公成)

中越地震の後、ヘリで鯉を救出

角:まずは、小千谷市さんとの今回の共創プロジェクトの概要について、谷沢さんから簡単にご説明をお願いします。

谷沢:はい。「TOKYO TORCH Park」という大きな広場の中に、小千谷市で育った錦鯉50尾を放流した「錦鯉が泳ぐ池」を小千谷市さんと一緒に作りました。来街者や勤務されている方にご覧いただいているほか、最近では“錦鯉を見に来たついでに”お店に行くという声も聞くようになりました。

角:ありがとうございます。では大塚市長からも簡単に小千谷市の概要をご紹介いただけますでしょうか。

大塚:小千谷市は、細長い新潟県の真ん中辺りに位置しています。日本一長いといわれる信濃川が市内を縦貫していて、河岸段丘が特徴的です。緑豊かで自然に恵まれた田園工業都市と言えるかと思います。人口は今約3万5000人で、少しずつ減っていますが、なんとか維持すべく頑張っているところです。

東京からは関越自動車道で練馬インターチェンジから2時間半ぐらいです。新幹線では、東京駅から上越新幹線で浦佐(うらさ)駅で在来線に乗り換えて、合わせて2時間ほどで小千谷に着きます。新潟というとかなり遠いイメージを持たれるかと思うんですが、実は結構近いんです。私が東京に出張するときもほとんど日帰りです。

 角:なるほど、近いですね。小千谷市さんは錦鯉とどう関係してくるのでしょうか。

大塚:雪がたくさん降りますから、農村地帯の人たちはかつて冬を越すために野菜などを貯蔵していたんです。冬になると、タンパク源があまりなくて、地下水をうまく利用して鯉を養殖し、それを食べていたとのことです。

角:もともとは食用だったんですね。

大塚:はい。突然変異で鯉に色がつきました。飼育している人たちが時間をかけて丹念に交配を重ねながら、今のような美しい錦鯉になっていったということです。江戸時代ぐらいからそういったことがおこなわれていたと言われています。

角:ということは、日本中の錦鯉って小千谷市さんが発祥なんですか?

大塚:はい、そうなんです。
実は中越地震で一番被害が大きかったエリアが小千谷市を含む錦鯉の発祥地でした。地震で飼育する池が崩れて、錦鯉もほとんど死んでしまったんです。生き残った鯉をヘリで救出したりしました。

角:ヘリで!?

大塚:ええ。地震により鯉がとても少なくなったので、それぞれが飼っているものを上手に交配しながら、みんなで子を分け合って今に繋げました。中越地震から今年で17年になり、今は震災以前の状態に戻っていますね。

角:地震がきっかけで、自分が持っている鯉の血統をみんなで寄り合って復活していったということですね。

協業は責任と役割を分担することが重要

角:今回の共創プロジェクトはいつ、どういった経緯でスタートされたものなんでしょうか?

谷沢:2018年に新潟県庁の方から小千谷市さんをご紹介いただきました。私は初めてそのときに、小千谷市の錦鯉の里へも訪問しました。

ちょうど、TOKYO TORCHの「日本を明るく元気にする」というプロジェクトビジョンをどうやって進めていくかを議論していました。世界に向けたコンテンツとしてすでに有名であり、日本の国魚ともいわれる錦鯉をモデルケースとしていければと思ったんです。そこからいろいろな検討をして、アイディアを小千谷市さんにご提案させていただいたのがきっかけですね。

角:そのときの小千谷市さん側に対する印象をお聞きしてもいいですか?

谷沢:こちらは「TOKYO TORCHで地方のいろいろな魅力を発信していきたい」ということだけを持って話をしに行きました。小千谷市さんは東京でのPRや小千谷に来訪してもらう人を増やすにはどうしたらいいかを課題として捉えており、話し合いがスタートしました。そうして何度かお話を重ねていく中で内容が「錦鯉の池」に決まっていきました。

角:なるほど。その話が持ちかけられたとき、市長はどうお感じになられました? 

大塚:びっくりしましたよ。まさか三菱地所さんからこんなお話をいただくとは夢にも思っていなかったですからね。ただ、中越地震では大きな被害が出て、復興計画に基づいて復興を進めてきました。ちょうど10年目にアンケート調査で市民の復興感が一定程度得られたということで、その年に、錦鯉を小千谷市の魚に指定しました。そのあと新潟県に働きかけて新潟県の鑑賞魚に指定していただきました。さらに私たちとしては、「ここまできたから国の魚にできないか」と模索していたんですね。そんなタイミングでお話をいただきましたので、すぐやりたいという思いがありました。それと、生産される錦鯉の8割ぐらいは海外向けなので、国内で多くの方々にお見せできるまたとない機会だと思いました。

ただ、「その錦鯉の池をつくることでどう小千谷市は活性化するのか」という内部的な議論はありました。内部向けには、私たちは小千谷市の企業とTOKYO TORCHで活躍されている方々が何らかの繋がりを持てて、それがビジネスや交流に発展していくという期待の説明をしてきました。このプロジェクトを発表するときには、市議会から「思いきってよくやったね」というふうに言われましたから、きっといい方向に捉えられたのかなと思います。

それともう1つは、東京の一等地なので、「本当に我々の自治体規模でいい関係のお付き合いができるのかな…?」という不安がありましたね。でも、三菱地所さんにはご丁寧に説明いただくなど、いろいろなご配慮をしていただいたと思っています。

角:なるほど。谷沢さんは小千谷市とのプロジェクトをどう社内や関係者にご説明されたのでしょうか。

谷沢:今でも「なんで小千谷市さんとだけこういうプロジェクトを進めたんだ」という質問は、案内した人ほぼ全員から出ます。そのときに答えているのは、コンテンツとしての魅力だったり、「日本を明るく元気にする」というビジョンに沿った企画であるということです。 

角:プロジェクトはスピーディに進んだのでしょうか?

谷沢:はい。私たちが小千谷を訪問したのは2018年の秋ですので、その時にはすでに常盤橋タワーやTOKYO TORCH Parkの工事は始まっていました。大きな計画変更になりますから、施工会社や設計会社等関係者と調整するのは相当な労力がかかるのですが、それでもビジョンに繋がっていく活動になるという確信を持てたので、進めていくことを決定しました。

角:市長は今のお話をご存じでしたか?

大塚:そこまでは知らなかったです。行政はすごく手続きや調整に時間をかけるので、そのスピード感についていけるかは一番心配していました。でも、錦鯉をどうPRしていこうかという議論があったところにお話をいただきましたから、躊躇せずについていけたのだと思います。

あと、錦鯉は生き物ですから、死んだり病気になったり色が悪くなったりした時の対応をいろいろ考えました。様々な検討を重ね、市が鯉を買って放流して、万一何かあったときは市の責任で交換するということになりました。本当に実現してホッとしていますし、本当に嬉しく思っています。

谷沢:今市長からお話があった「スキームをつくる」というのは結構大事なポイントです。

私たちが錦鯉を買い取って、飼育をして責任を持つというのは、PRに値するような管理の仕方ができているか等、いろいろなところで課題があります。一方で、例えば設置工事費を全て小千谷市さんが負担することは小千谷市さん側の関係者説明上、投資対効果の観点でも難しい面があるかと思います。双方が役割分担を協議、ブレずに話が整理できたというのは今回のスキームにおいては大きなポイントです。

角:なるほど。どちらかが全部丸抱えという感じじゃなくて、お互いの目的に応じてきちんと役割を割り振られたということなんですね。

谷沢:そうですね。「協業」という言葉の響きはいいですけど、責任と分担を整理することはとても重要なことだと思います。小千谷市さんと弊社でも文化が違いますし、弊社もこうしたことは初めてですから。お互いがうまく歩み寄ってできたスキームだと思います。

角:完成した「錦鯉の池」の管理をどのようにしているのかについて、もう少しお聞きしたいです。  

大塚:国内外で錦鯉を生産している方や流通業者からなる「全日本錦鯉振興会」という組織があり、その事務局が小千谷市にあります。
振興会のメンバーである「吉田観賞魚」さんという八王子市の会社に池のメンテナンスや飼育を私ども小千谷市の費用負担でお願いしています。

角:なるほど。では鯉の池も常にクリーン、かつ、かっこよく保たれているんでしょうね。
三菱地所さん側は工事の内容を変更されるにあたり、コストも労力もかかったんじゃないかと思いますけど、いかがですか?

谷沢:そうですね。変更に伴う調整はもちろんこちらで実施しています。イメージ的には設置工事を当方が行い、その工事費を当方と小千谷市さんで負担して、管理や運搬は小千谷市さんにお願いしたという感じです。小千谷市さんから場所を使用することへの対価はいただいていません。

角:三菱地所さんはこの素晴らしい錦鯉を展示して、場所のバリューが上がる。その一方で、小千谷市さんは鯉を世界中の方に見ていただける周知の機会にもなる。win-winになるわけですね。

錦鯉をきっかけに小千谷市に足を運んでほしい

角:最後に、今後の展望についてお聞きできればと思います。

谷沢:まさにこれからどうやって協働してPRしていけるかをお話しいているところです。例えば、広場では今月からTOKYO TORCH Marketというマルシェを毎週金曜日(16:30-20:00)、日曜日(11:00-15:00)に定期開催し始めました。その結果、にぎわいも出てきています。こういったイベントと絡めて、TOKYO TORCH Parkの錦鯉を見て、「綺麗だな」で終わってしまうのではなく、「江戸時代からの文化で、寒い所で食用から飼育がスタートして…」という話を知れたらとても喜ぶと思うんですよ。そういうことを知る人を増やしていきたいですね。

さらにその先には、新潟や小千谷に訪れるという体験まで考えていくと、僕らの事業の捉え方もちょっと変わってくると思っています。例えば、これはあくまでも一個人の考えですが、錦鯉の体験を一気通貫で行うためにホテル事業を小千谷で行うとか、いろいろ選択肢は考えられると思うんですよ。 

角:イメージが湧く素晴らしいアイディアですよね。

大塚:ありがとうございます。実は昨日も市内で講演会がありまして、「今日ご来場のみなさまはぜひ上京したらTOKYO TORCHに足を運んでください」とお話をしたんです。私たちもまた錦鯉の池の周りのスペースを活用してイベント等も展開していく予定がございますので、歴史とか文化を含めていろいろなものを情報発信して、またそこから交流が繋がっていくような取り組みができれば嬉しいと思っています。

角:これからの動きも楽しみにしています。ありがとうございました。


【参考情報】
三菱地所による自治体共創関連の最新情報

 ◆三菱地所リリース
https://www.mec.co.jp/j/news/archives/mec211026_tokyotorchpark.pdf?fbclid=IwAR3TbY3MmkSbxUalDDbzpU-q3IGbPT82VLXXwSYCTbx-mHMGeOdD-B6DZ0U

◆福島県 風評風化戦略室からのお知らせ
http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/11015f/senryaku-tokyo.html?fbclid=IwAR3TbY3MmkSbxUalDDbzpU-q3IGbPT82VLXXwSYCTbx-mHMGeOdD-B6DZ0U

◆おりづるタワー(広島マツダ)リリース
https://www.orizurutower.jp/news/1518/?fbclid=IwAR3XnGrAT9oItJCL6iZ4DvzehVZz4ell8mfCHWXe71dennUcP4HHZEROuO4


【プロフィール】

谷沢 直紀(たにざわ なおき)
三菱地所株式会社 TOKYO TORCH事業部 事業推進ユニット ユニットリーダー

2001年三菱地所株式会社入社。ビル営業部、北海道支店を経て、2012年よりTOKYO TORCH事業部に在籍。2021年4月より同部事業推進ユニットのユニットリーダー。「常盤橋タワー」のプロジェクトマネージャーを担当。TOKYO TORCH事業部在籍中の2017年~2019年に総務部にて三菱地所本社移転プロジェクトを担当したほか、DX推進部、コマーシャル戦略企画部を兼務。

大塚 昇一(おおつか しょういち)
小千谷市長

1951年生まれ。小千谷市出身。
1969年から小千谷市へ奉職し、商工観光課長、副市長などを歴任。
2014年の小千谷市長選挙で初当選し、市長就任。現在2期目。


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