"日本を明るく元気にする"TOKYO TORCH(東京駅前常盤橋プロジェクト)は「都市間オープンイノベーション」の現場だった!? 〜三菱地所 TOKYO TORCH事業部・谷沢直紀さんインタビュー〜
20年かけて東京駅前を再開発するTOKYO TORCH
角:まずTOKYO TORCHがどんな場所なのかというところからご説明いただいてよろしいでしょうか。
谷沢:はい。東京駅日本橋口の目の前で、三菱地所が関係権利者とともに再開発を進めています。2007年頃から開発の構想がスタートし、2027年度に街区として最終的な完成を迎える予定です。構想段階から現在で約15年。ようやく街区の半分が出来上がったというところです。
角:2007年度から始まっているんですか!?
谷沢:構想がスタートしたのはその頃です。TOKYO TORCHが位置する「常盤橋街区」には元々、新日鐵ビル(その後、JXビル)、大和呉服橋ビル、日本ビル、朝日生命大手町ビル、JFE商事ビルという5棟のオフィスビルがありました。また、日本ビルの中には、東京都下水道局のポンプ場、中央広場の地下には東京電力の変電所があり、首都高八重洲線も街区内を通っています。更に、日本橋川やJR・東京メトロの線路にも囲まれています。検討の当初は、地区内の重要インフラを更新しながらビルの建て替えをするのは、事実上不可能だろうと言われていました。行政や学識の方も含めた多岐に亘る検討がなされ、「大手町連鎖型開発」というスキームを活用して開発を進めていく方針がまとまりました。
「大手町連鎖型再開発」とは、換地の手法により、空いている土地をにまず移転元の地権者がビルを建てて完成したらそのビルに移る、そして新たに空いた土地に次の地権者がビルを立てて移転するということを連鎖的に行うスキームで、従来の仮移転・建替という方法よりスピーディに更新ができるというメリットがありました。
角:なるほど。
谷沢:TOKYO TORCHも「大手町連鎖型再開発」第4次事業として事業を進めています。更に、地区内でも日本ビルを半分に切断して、東京都下水道局の庁舎及びポンプ場の移転用地を作り出し、そこに現在下水道局棟(D棟)を建築中です。2017年に工事を始めてようやく来春に完成予定です。同時に、新日製ビル(その後JXビル)と大和呉服橋ビルを、まとめて再開発したタワーが本年6月末に完成した「常盤橋タワー」です。
角:すごくダイナミックな工事ですね。
谷沢:来年春に下水道局棟(D棟)が完成後、日本ビルから東京都下水道局の庁舎とポンプ所が移転します。その後、日本ビルと朝日生命大手町ビルを解体し、両方のビルの敷地に「Torch Tower」を開発していきます。完成予定は2027年度です。
1964年の東京オリンピックの時に、用地を確保できず、都心の川の上空に首都高を突貫工事で作っていったという話を聞いたことがあります。「日本ビル」も前回のオリンピックに照準を合わせて、下水ポンプ場と変電所、首都高の出入口(常盤橋ランプ、現在は廃止済)が合築したビルで、当時は「東洋一の日本ビル」と呼ばれていたようです。
角:その当時は日本ビルが東洋一の大きさのビルだったんですね。
谷沢:はい。「日本ビル(Nippon Building)」という名前からしてすごいですよね。前回のオリンピックに照準を合わせて整備されていったと聞いています。
「TOKYO TORCH」のエリアは「常盤橋地区」と呼ばれています。江戸時代から参勤交代で江戸城に入ってくる正面玄関が常盤橋御門だったことに由来しています。今の日本ビルを中心としたオフィスビル群は日本を代表する企業が本社を構え、日本の高度経済成長の発展の舞台となりました。しかしながら、オフィスワーカー以外の方にはあまり存在が知られていなかったエリアだと思います。今回の再開発では、東京駅前という立地や日本で一番高いビルという特徴を踏まえ、人口減少時代でもTorch Towerのようなビルが必要とされる意義を色々な方々と検討し、「日本を明るく、元気にする」、全国の地域と繋がることを体現したまちづくりを進めていこうビジョンをまとめました。世界から人が来て、日本の人たちも知っていて、その結び目になるような場所にしていきたいと思います。
街区完成後には、世界から人がTorch Towerの展望台を目指して来場したり、日本の名所を見にやってきたりした時に、日本の地域のモノ・コトがこの場所で表現されていて、結果として人が地域に行くきっかけになるという取り組みを、このビルを作る動きとあわせてやっていきたいです。
世界中から注目されるタワーに
角:Torch Towerはどのような施設になるのでしょうか?
谷沢:展望台以外に、オフィス、スーパーラグジュアリーホテル、2,000席級の大型エンタメホール、商業ゾーン、温浴施設なども整備予定です。特に、ホールについては、音楽ライブやエンタメをコンテンツの中心に据えていきたいと思っています。他にも横丁や温浴施設などをつくって、見どころの多いタワーになっていくと思います。
このまちで働くオフィスワーカーにとっても、日常に刺激のある空間に囲まれて展望台やホテルもあり世界から人が集まってきて、エンターテインメントもあって、オープンエアの空間にも出られる、これまでにない新しいワークスタイルが実現できると思います。そうしたビルを、日本の次世代を支えるデザインチームと検討を重ねています。
角:なるほど。藤本壮介さんとか有名ですよね。
谷沢:3名とも、建築・ランドスケープの各方面で大活躍されています。コアアーキテクトの三菱地所設計と3名のデザインアドバイザーとデザインチームを組成し、プロジェクトを推進しています。
角:そうですね。TOKYO TORCHで働く人に向けては何か思いはありますか?
谷沢:一番は、TOKYO TORCHのイベントや活動、ビジョンに共感して頂けたら本当にうれしいです。日本全国の情報を発信している取り組みが好きだとか、地域と繋がっているこのまちの活動が好きだとか、オフィスワーカーの人が働きやすくて、ビルのことを好きになってもらって応援したいと思ってもらえる、そんなまちづくりを純粋にしたいと思っています。
角:なるほどね。谷沢さんご自身の思いもあったりするのでしょうか。
谷沢:そうですね。錦鯉の池の整備を通じた経験をお話しします。
今回、TOKYO TORCH Park内に新潟県小千谷市との協業で「錦鯉の池」を整備しました。私たちは2018年の秋頃に錦鯉の発祥地である新潟県小千谷市を訪ね、小千谷市の人と会話して錦鯉についての生態やルーツを学び、都心での鑑賞池の設置に向けて検討を重ねていきました。鯉の品評会では優勝すると1億円を超える金額がつけられるということや、海外では非常に人気が高いこと等を知ることができました。
錦鯉の例は一例ですが、自分がこのプロジェクトに関わったことで、日本の文化や伝統を深く知ることができ、その結果、地方に興味を持ち、「チャンスがあったら行ってみよう」と思い、実際にワーケーションや出張、休暇なども絡めて訪ねてみたり、自分の家族や周りの人にもそういうことを伝えたりするようになっていきました。
角:「錦鯉の池」を整備するにあたり、新潟県小千谷市とも対話をしているとのことですが、自治体との連携はどのように進めていったのですか。
谷沢:47都道府県の地方公務員と中央省庁の方が集うネットワークである「よんなな会」と一緒に、日本全国掛け橋プロジェクトを進めています。「全都道府県の代表的な橋洗い」を通じて民間企業と自治体の新たなネットワークを生み出していく取り組みです。こうした取り組みの効果もあって、様々な自治体の方との新しいネットワークができ、その中のいくつかをTOKYO TORCH Park内で実現することができました。
この他にも、私たちの部署では、定期的に私たち自身でカリキュラムを作り小中高向けにまちづくりの出張授業を実施しています。「Torch Towerの展望台のコンテンツ」や「TOKYO TORCHの広場で発信したい日本の魅力」などをこれまでテーマにしたことがありますが、こちらの想像を超えるアイデアや意見がたくさん返ってきて、そういう生の声を聞きながらまちづくりに落とし込むということもやっていますね。
角:自治体との連携イベントについてもう少しお聞かせ願えますか。
谷沢:緊急事態宣言の影響で、TOKYO TORCH Park内でのイベントはここから本格始動という段階です。小千谷市との協業については「錦鯉の池」や第2弾として「錦鯉のアート遊具」を開業までに設置しました。新たな自治体とも連携については10月下旬に発表予定です。
10月の第1週より「TOKYO TORCH Market」というマルシェをスタートしました。今後は毎週金曜日と日曜日に定期的に開催していきます。「錦鯉の池」や「錦鯉アート遊具」など、固定で大型の目立つものをフックにこの場所を認知してもらい、徐々にイベントの集客に繋げていきたいとと思っています。工芸の分野でも「Onland Craft Market」10月15日・16日の2日間には広場で行います。
角:なるほど。自治体との交流イベントをきっかけに新たな交流も生まれるでしょうね。
谷沢:そうですね。開業と合わせて「TOKYO TORCH Park」のInstagramを立ち上げました。そのな中で、小千谷市出身のお母さんが小さなお子さんを連れてTOKYO TORCH Parkの錦鯉の池とアート遊具を見に行ったという投稿が寄せられていて、自分の地元を感じられて嬉しかった!という投稿がありました。「これだな」と思ったんですよね。地元を感じられたり、新しい発見ができるチャンスが、東京の中にありそうでやっぱり今までなかった。
TOKYO TORCHで"都市間オープンイノベーション"を実現
角:なるほど。こうやって日本全国の色々な地域の特色をクローズアップしていくのは、「日本を明るく照らす」というTOKYO TORCHのビジョンとすごくマッチしていると思うんですけど、三菱地所さんのような日本を代表するデベロッパーさんがやられるにしては地道な取り組みのようにも感じます。社内ではどのように進めていかれたのでしょうか?
谷沢:「地域と繋がるものってどういうふうに儲かるんですか?」とか「なんでその労力をかけて人を投入してやっているのか?」とか、理路整然と説明するのがほぼ不可能な領域だとは思います。少し長期的な目線で対話をしたり、今回の新潟モデルのようにいくつかの要素をまとめて小さな完成形としてこの世界観を実際に見てもらうことで理解に繋げていってもらうということを心がけました。
角:そんな感じがするんですよね。
谷沢:長期的に見た時に、地方と東京がうまく繋がって、人が行き来して、観光や伝統文化がちゃんと残り東京が存在しているという絵姿が、東京の描く理想形のモデルだと思います。地方の吸い上げで東京を開発するやり方は長続きしないと思っています。
角:とても大変だったんじゃないかと思うんですよ。東京駅前を開発するきっかけって、このあと100年ぐらいないと思うんです。東京駅前は本当に希少性が高い。この場所の価値は、ほかの場所とは全然比べものにならない独自のものがあると思うんですよ。そして、その価値がある場所を使って、何をするか、ということが谷沢さんをはじめとする開発チームにゆだねられた時に、色々なことがチームにのしかかったと思うんですよね。その結果として、今ご自身として思うものがつくれていると思いますか?
谷沢:そうですね。TOKYO TORCHとしてのアイデンティティや世界観は現時点では示すことができたのではないか、と思っています。この場所でなければ「日本を明るく、元気にする」というビジョンやご説明したような企画には至っていないと思います。TOKYO TORCHの立地や特性を踏まえて、地域と東京を繋いでいくという説明は、聞き手の方も腹落ちすると思うんですよ。
角:そうですよね。
谷沢:次の100年も日本が元気な姿はどういうイメージなのかと考えた時に、複数の場所で活動してたり、リモートワークが進んだとしても、東京をうまく使いたい時に使うとか、逆に東京中心で地域と2箇所で活動するとか、そういうことに応えられるまちづくりが必要になってくると思います。
角:なるほど。TOKYO TORCHでの取り組みって、本質的にはオープンイノベーションの取り組みになっているのではないでしょうか?
谷沢さんが「東京が地方から色々なものを吸い上げて東京だけが潤うというスタイルじゃないほうがいい」というふうにおっしゃっていましたが、それってまさにオープンイノベーション的な発想なんですよね。だから東京という場所を使って地方の色々なものがより輝くようにするというのは、言うなれば「都市間オープンイノベーション」みたいな発想なのかなと思ってお聞きしました。
谷沢:まさにおっしゃられたような感覚ですね。この開発をやればやるほど地域のことが好きになるし、知りたくなるし、そういうお話を聞く機会も増えて、じゃあこんな作戦、こんなアイディアどうだろうか、みたいな話になるので。うちのチームのメンバーはそうやって働いたり過ごしていることで、自分のライフスタイルも磨かれて、そしてまちづくりのアイディアも磨かれていくという好循環を生み出しているのかなと思います。
角:すごいですね。一緒に働いているチームのみなさんの感覚のアップデートみたいなものにも繋がっているということなんですね。面白かったです。本日はありがとうございました。
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