「面白いということ」について早野龍五先生にお聞きしてすんごい学びをいただきました 1/2
こんにちは、フィラメントの宮内です。今回、新著『「科学的」は武器になる』が話題の東大名誉教授/ほぼ日サイエンスフェローの物理学者・早野龍五先生に独占インタビューするという、なにがどうなってこうなったみたいな栄誉に恵まれました。テーマは「面白いということ」について。QUMZINEを運営するフィラメントは、「面白がり力」という概念を提唱しています。さらに大企業の新規事業をサポートするための「面白がり力強化プログラム」というワークショップも提供しています。これからの時代を生き抜く上で、「面白がる力」の大切さについてたっぷりお聞きしました。
平井:本日のインタビューは、早野先生に「面白いということはどういうことですか?」を聞きたいというのがテーマでして。『「科学的」は武器になる―世界を生き抜くための思考法―』に出会ったきっかけの記事で、先生が「面白いと言えること自体が相当高度な才能だ」といった内容を語られていました。普段からフィラメントが提唱していることと僭越ながらすごく共鳴する部分があると思い、前のめりな感じで依頼メールを送らせていただきました。
角:なぜインタビューをお受けいただけたのでしょうか?
早野:いただいたメールに、過去の記事として篠田真貴子さんのインタビューがありました。篠田さんが「株式会社ほぼ日」のCFO(Chief Financial Officer)として会社を上場させるために大変活躍をなさった後になりますが、私も「ほぼ日」の乗組員(サイエンスフェロー)に加わることになりました。それ以前にも、糸井(ほぼ日の代表・糸井重里氏)と私とで新潮文庫から出版した『知ろうとすること。』という本を、篠田さんが英訳するという音頭をとってくださいまして、大変お世話になりました。そういうことから篠田さんのお名前が御社のインタビューの中にあったというのが1つ、ご縁を感じたことです。
角:なるほど、それはとてもうれしいですね。
早野:それからもう一つ。この本の中でも少し触れていますが、東日本大震災の際に、福島の子どもたちの内部被ばくを測る装置「Babyscan」を作りました。それは私だけの力でなく、工業デザイナーの方々が大変に良いデザインをしてくださって。その時にお世話になったTakramの田川欣哉さんのお名前もフィラメントの記事リストの中にありました。田川さんとはミーティングで何回かお目にかかった程度ですが、青山通りの紀ノ国屋の裏にTakramのスタジオが当時ありまして、そこで実際に木箱のモデルをつくって子どもさんを連れてきて、検証していました。そんなことも思い出しながら、「へぇ~、田川さんの名前見つけちゃった!」と思って。そういう方を呼んでおられるってことで、なにか波長が合うんじゃないかなと察知しましてですね。それでインタビューをお受けすることにいたしました。
角:うれしい! 面白いと思っていただけたということですね。
宮内:ご著書を拝見しても、そうやって面白いことに飛び込む力がすごいですよね。
早野:それは本の中でも一番最初から書いていることですけれども、「アマチュアの心でプロの仕事を、楽しそうにする」ということ。「仕事というのは必ず新しいことをやる、人がやったことのないことをやる」っていうのが研究者に与えられている使命です。でも始める時って誰もが必ずアマチュアなんですよね。世界中で誰も知らないし、もちろん自分もやったことがない。だからアマチュアから始まるわけです。だけどいつまでたってもアマチュアでは駄目で、最後はプロとしてそれを仕上げなければいけない。その間ずっと楽しいかというと、うまくいかないこともいろいろあるわけですが、その時でも楽しそうにやる。
角:分かります、大事ですよね。
早野:プロとしてやっていく中では、鳴かず飛ばずの年が、特に研究者だと何年も続くこともあって。正直言って落ち込むわけですよね。だけど、その時にやっぱり楽しそうにできるかどうか。楽しくないかもしれないけど楽しそうにやっているかというのは、特にリーダーになると決定的に重要なことです。トップが楽しそうにやっていなかったら、チームは沈没します。だから楽しそうにできるかっていうところが、研究にしろ仕事にしろ、良いプレイヤーに共通する心構えかなと思っています。
本の冒頭にそうしたことを書いていますが、大元は実はここでやっているんです。2017年の3月に東京大学で「最終講義」っていうのをやりました。
角:これですね。YouTubeでも見られますね。
早野:この講義の中で多くの方に共感をしていただいた言葉というのが、この「アマチュアの心、プロの仕事」でした。それは結局、楽しそうにやるってことなんですよね。僕の仕事って反物質とかですから、ごく少数のSF好きの人をのぞくとあまり一般の方には関係のない、役に立たない、わりと地味な研究なんですけど。ご覧のように会場がいっぱいになりました。
この時に、本の1章から4章ぐらいの話を前半で話して、5章、福島のこの10年間の話を後半でやりました。この講義を聞かれてその後いろいろお付き合いのあった新潮社の編集者の方が、多くの方にメッセージとして届けるために本にしませんかと言ってくださって、それで書籍になりました。帯もいろんな方が書いてくださいました。Googleの米国の副社長だった村上憲郎さん。彼がまだ日本でIT会社のつくば支店長だった時からのお付き合いです。
角:本にも出てきますよね。
早野:つくばで日本の最初のビックプロジェクトだった加速器のプロジェクト「TRISTAN(トリスタン)」に私が関わっていた時に、お付き合いがありました。昔「日本DEC」という会社がありまして。当時は村上さんはつくばの支店長だったんです。まだ「インターネット」という言葉がない時代です。
そしてもう1人、小林誠さん。(TRISTANの後継として建設された)「Bファクトリー」で理論が証明されて、2008年のノーベル物理学賞を受賞されました。当時はまだつくばの研究所で、確か助教授でした。今も小林先生と一緒にお仕事させていただくことがありまして、特に2023年の予定で日本で「国際物理オリンピック」というのをやることになっています。彼が大会の委員長で、私が出題委員長ということで、90か国ぐらいから集まる世界の高校生に物理の問題を出してそれを解いてもらう。試験時間5時間を2日やるっていうすごいシビアな試験なんですけど、そのすごいシビアな試験の出題を小林先生に命じられて今やっているという。そんなご縁でこんな本はできましたね。
あと、本に使っているこの写真ですね。これは実は僕の今のTwitterのアイコンにもなっているんですけど。
宮内:Twitterも拝見しました。すごいフランクで。
早野:実はこれ、Tシャツに式が書いてあるんですよ。
角:あ、本当だ。なんか書いてある。
早野:これね、僕がいた「CERN研究所」という研究所、あそこのミュージアムショップにしか売っていない超レアなTシャツで。この式は素粒子の標準モデルといわれる式なんですね。この世の中の重力以外の、要するにミクロの世界の法則が実は4行あるんですけれども、この4行の式で全部表されているということを示したTシャツ。
角:すごい!
早野:僕は本にも書いていますが、子どもの頃からヴァイオリンを仕込まれて。現在は「スズキ・メソード(公益社団法人 才能教育研究会)」という世界で今74か国ぐらいに広まっている組織の、日本の会長をやっております。つまりサイエンスとアートという、それを1枚で表すというつもりで、このTシャツでヴァイオリンを持ったのをTwitterのアイコンにしています。
角:面白いなあ。先生は理系と文系を分けずに歌舞伎ゼミもやられていたそうですが、あのエピソードも面白かったです。
早野:東大でも歌舞伎のゼミを昔やっていましたが、いまは「ほぼ日の学校」で早野歌舞伎ゼミをやっています。昔日本のMicrosoftの社長をやっておられた成毛真さんとか、いろんなゲストを呼んでやっています。
この上に、最近の流行りの言葉ですけれども「STEAM」と書いていますね。昔はScience、Technology、Engineering、MathematicsでSTEMといっていたんですけど、最近の流行りとしてはそこに「A」、Artをいれるという。世界的にもSTEAM教育が重要だと言われるようになってきましたが、私は子どもの頃からSの成分とAの成分もかなり持って育てられたし、育ってきたし、それを現在もやっているという、そういうことですね。
角:よく分かります。日本は高校時代に理系と文系を分けてしまうので、もったいないですよね。
早野:分かれる理由の多くは、実はM、数学ね。数学が嫌いで消去法で文系にいかれる方も結構おられるんじゃないかと思います。でも理系の方もやっぱり本を読むし、文学作品も読むし、それから展覧会に行って絵を見たり、音楽を聴いて感動したり、僕みたいに舞台を見て感動したりというのはあると思うんですね。だから文系の人だって科学に詳しくなくても、なんか感動するとか、面白いなと思うことってあるんじゃないかなと思います。
角:めっちゃあると思います。僕は文系ですけど、科学とか宇宙とか大好きです。
早野:みなさん小学校と中学校では必ず理科って習うし、算数も数学もやりますよね。その時に何を習うかというと、まずは観察しなさいって習いますよね。それから中学校になると実験してみましょうとかいうのがありますよね。
角:あります。
早野:だから理科、算数、数学などでは道筋を立てて考えるのが大事だと習うはずなんですが、理科の教科書を見てみると、ものすごく覚えることが多いんですよ。ひたすら物質の名前を覚えたり、法則の名前を覚えたりとか。つまりサイエンスというのは、どこか正しいものとして人間の外に存在していて。それを教科書を通じてひたすら覚えるっていうものとして捉えられている。
けれども実はサイエンスは今でも動いているし、人間がやっているものなんですね。サイエンスにも歴史があって。その歴史の中で人々が積み上げてきて、その途中では世界中みんなが間違ったことを考えていた時代もあったりして、それでだんだんより正しいと思われる方向に軌道修正されてきた。そういうのがサイエンスの歴史です。だから「人の営みである」ということがあまり理解をされていないのではないかって思うところがあります。サイエンスも歴史と通じるところがあると僕は思います。
角:先生の本でも、「科学というのは人類全体が取り組んでいる知のプロジェクトなんだ」って書かれていて。歴史と科学って一緒なんだなと思いました。
早野:おそらく人々が思っているような、完全に正しい完全無欠な真理というものには、多分ずっとやっていってもなかなか行きつかないと思います。だからここで終わったという感じでは済まないもの、それを人が積み上げていくものだっていうことですよね。今の中学までの理科のようにひたすら教科書で習って覚えているのでは、「人間の営み」という部分が熱く伝わっていかないんじゃないかと思います。
これは「巨人の肩に立つ」という、僕がよく使うスライドです。何かというと、イギリスの2ポンド硬貨のヘリに「STANDING ON THE SHOULDERS OF GIANT」という言葉が書かれていて、ニュートンの言葉であるらしい。諸説あるみたいですけど、これを「The Royal Mint」、つまりイギリスの造幣局がTwitterで発信していました。
角:すごい。おしゃれですね。
早野:「巨人の肩に立つ」という言葉をニュートンがどういう意味で言っているかというと、自分がほかの人よりも少し遠くを見ることができたのは自分が一人でやったわけではなくて、巨人の肩に立ったということ。巨人というのは、例えばケプラーの観測とか、それまで人々が積み上げてきたもの。その肩によじ登って、その上から遠くを見ることによってこれが達成できたというような意味で書いていると。これも科学とは人間の営み、それを積み上げていくということがよく表れている言葉じゃないかなと思います。もちろんニュートンで終わるわけではなく、さらにその肩の上にアインシュタインも乗り、そして及ばずながら僕らも乗って、さらに遠くを見る。それが繋がっていくのが科学です。でもこれは会社でも同じですよね。
角:同じですね。人の営みですよね。
早野:人間には寿命があるので一人ひとりの役割には限界がありますが、法人というのは寿命が想定されていない存在です。自分が去っても法人が存続できるという「Going concern(継続企業)」であることが問われます。だからビジネスパーソンもそういう観点で私の本を読んで、通じるところを感じていただけるんじゃないかと思いました。
角:僕が公務員を辞めて起業するきっかけも、まさにそれなんです。歴史学を学んでいたので、これまで人類の先輩たちが頑張って生産性を向上させたり、イノベーションの積み重ねをしてきた過程は知っていたわけですが、初めて自分の子どもが生まれた時にそれがフラッシュバックしてきました。巨人たちが作ってきたものの上に自分があぐらをかいているだけなんじゃないか、生まれた子どもが大きくなって自分が死ぬ時に、胸を張って死ねないという気持ちになったんですよ。
早野:おぉ、すごい。
角:それで市役所の提案制度にトライしたら、2回入賞しまして。「僕はアイデアを出すのが得意なんだ」と気づいて、「大阪イノベーションハブ」という共創スペースの立ち上げに異動して、民間企業の人たちとどんどん接していくようになりました。そこで民間の面白い人を面白がって繋がっていったら、それがどんどん広がっていく経験をしました。宮内もその時お会いして一気に仲良くなって、当時はヤフーの大阪本部長でしたが。
宮内:やっぱり人間って直感力がありますよね。角と会った時に、直感的に「あ、こっち側の人だわ」と思って。先生の著書を読んでいても、やっぱりそういう直感力を研ぎ澄ませたり、そこに従うことの大事さをすごい感じました。
早野:社外取締役をやっている会社で新入社員と会ったりするんですけど、最近やっぱり“本当の自分探し”というか、本当の自分というのにみんなこだわっていて。それこそ学者の人生というのは目的に向かってひたすらずっと進んでいく、みたいにみなさん思いがちなんですけど、実はそんな具合に人生はできていないわけでして。これは僕の好きなスライドなんですけど。
角:これこれ! これいいですね。
早野:これはノーベル物理学賞を取られたテオドール・ヘンシュ先生が、ノーベル賞講演の中で使われたスライドなんです。ひたすらゴールに向かっている大きな鶏が檻に入っていて、とにかくこの檻を引きずってでも餌をとるぞと一生懸命進んで行く。それはゴール・オリエンテッドというスタイルです。もちろんこれでないとできないこともあると思うんです。だけど一生このスタイルでいけるかっていうと、人生はなかなかそうもいかない。いろんなことが起きますし。そこにピヨピヨがいましてですね(笑)。
宮内:キュリオシティ・ドリブンですね。
早野:キュリオシティ・ドリブンで、面白いなと思ってピヨピヨしていたらば、フッと気がつくと結果的には檻の外にいましたっていう。
宮内:で、餌があると(笑)。
早野:こういうことが人生は起きるし、あるいは起きそうな時にその状況を認識してそちら側に向かって行けるかどうかですね。外的な要因であったり、偶然であったり、そういうことが起きる。人生はいろんなところで誘ってもらえるうちが華ということもありますし。だからキュリオシティは人生を変えるいろんなきっかけにもなる。ということで、僕はヘンシュ先生のこのノーベル賞のスライド、とてもよく使わせていただいていますね。
角:本の中でもそれ出てきますよね。図は出ていないんですけど、文章で描写されていて。
宮内:素敵です。
(2/2はこちら!)
【プロフィール】
早野 龍五(はやの・りゅうご)
東京大学名誉教授(物理学者)
世界最大の加速器を擁するスイスのCERN研究所(欧州合同原子核研究機関)を拠点に、反物質の研究を行う。 また、2011年3月以降、福島第一原子力発電所事故に関して、Twitterから現状分析と情報発信を行う。近著に『知ろうとすること。』(新潮文庫:糸井重里氏と共著)、『「科学的」は武器になる - 世界を生き抜くための思考法 -』(新潮社)など。
1952 年生まれ 岐阜県大垣市出身
1979 年 東京大学大学院理学系研究科修了、理学博士
高エネルギー物理学研究所助教授、東京大学助教授を経て
1997年 東京大学大学院理学系研究科教授
2017年 東京大学名誉教授
現在
才能教育研究会(スズキ・メソード)会長
(株)ほぼ日サイエンスフェロー
放射線影響研究所評議員
国際物理オリンピック2013協会理事
などを兼務
反物質の研究により2008年仁科記念賞、第 62 回中日文化賞などを受賞。