「面白いということ」について早野龍五先生にお聞きしてすんごい学びをいただきました 2/2
こんにちは、フィラメントの宮内です。引き続き、東大名誉教授/ほぼ日サイエンスフェローの物理学者・早野龍五先生・独占インタビューの後編です。新著『「科学的」は武器になる』でも展開されている「面白がる・それを周りに伝える」ということの大切さ。そこからCEOの角が思わず乗り出し、フィラメントが提唱する「面白がり力」の図解を、おこがましくも披露させていただいたりして(笑)。これからの時代を生き抜く上でのヒントを、またもたっぷりといただきました。
宮内:フィラメントは企業の新規事業であったり、企業カルチャー変革の伴走支援をやっているのですが、その時に「面白がり力」が大事、巻き込まれて面白がれるかどうかが大事だみたいなことをテーマにワークショップをやったり講演をしています。先生の本でもまさに面白がれる力が大事だということと、それは訓練しなければ身につかないってことを書かれていたのがとても興味深かったです。
早野:やっぱり同じ場所にいて同じものを見ていても、それを面白がる人と、「え? そんなことやってどうなるの?」って面白がらない人と、明らかにおられるわけですよね。もちろん面白がる人が面白がったことが、実はハズレであることもあるんですけれども、だとしてもまず面白がるということが大事なんです。さらに言うと、本当にその人が面白いと思って、それで人を巻き込めるほど面白いと思うかっていうところが重要。自分が面白がっているだけじゃなくて、これは面白いんだよと言って人を引き込めるほどに本当に面白がれるかってことですね。
角:『「面白がり力」強化プログラム』ってワークショップをうちでやっているんですけど、そこの内容が早野先生がおっしゃることとすごい近いなと思っていまして。
早野:そうですね。仲間を巻き込む、まさにこれですよね。
角:まずは、自分の中に引き出しをたくさん持っておくこと。どうやって引き出しを増やすかというと、今すぐ役に立つかどうかとか、自分の持ち場や専門性に関係しているということにこだわらないことだと思うんです。
早野:そうですね。まさにそうだと思います。
角:あと、面白がり力の構成要素。引き出し、切り口、巻き込み。どんどん巻き込んでいく、あるいは巻き込まれていくみたいな感じですね。それを支えているのは、さっきの今すぐにこだわらない心の余裕みたいなやつがあって。
早野:素晴らしい! これはよくできているね。
角:どこかで使ってください(笑)。早野先生のご本を読んでも、人生がまさにこういうことの連続というか。心の余裕の部分も感じました。多くの人がそこまでは達しきれない気がするんですよね。そういうマインドセットの切り替えってどうやられたのかなってちょっと僕聞いてみたくて。
早野:昔の自分がどういう心持ちだったかというのを思い出すのはきわめて難しいんですけど。おっしゃる通り心の余裕というのは、まさに楽しそうにやるって僕が言っている言い方と通じる部分があると思います。ですから、それはサイエンスとアートのバランスがちゃんと取れるようになっていったとか、そういうことが大きいかなと思います。
角:なるほど、なるほど。
早野:ここの「仕入れ」ってものすごく大事です。本の後半で、糸井が何を仕入れて何をアウトプットしているかといったことを書いていますが、僕が観察していてもやっぱり大量な仕入れっていうのが常にありそうなんです。いろんなものを仕入れておくのが大事。自分が今やりたいことはもちろん深く仕入れるんですけど、そうでないことも仕入れるってこと、これ実は研究者としてはとても大事なことです。今の方向性をずっと掘っていくと行き止まることもありますが、その時にそれとは違うこっち側のもの、遠いものと遠いものをあわせた間に関係があるって気づくと、実はそこから新しい道がひらけるっていうこともあったりする。ビジネスでもそういうことがあると思う。
角:まさにそうだと思います。
早野:今の学校では、自分の考えを述べなさいというアウトプットの教育は重視されるようになってきたと思います。その時にちょっと危惧するのは、それ以上にインプットしなきゃいけないっていうことがあまり強調されていないんじゃないかと思います。
アウトプットばかりしていると在庫はどんどんなくなっていく。どうやって在庫を枯渇しないようにインプットしておくかということ。それは学校だけでやるんじゃなくて、社会に出てからもずっとインプットが必要なんですよね。ただインプットする訓練はなかなか若いうちでないと難しいんじゃないかなって思います。
角:先生は若い頃からいろいろな人から引っ張られて、いろいろなことをやられていますもんね。専門外のところでもどんどんやられて、それがご自身の人生を広げていくのに全部役立っていて、どんどん武器になっていっていますよね。
早野:自分が次の世代を育てる時も、やっぱりそれは1つのモデルになると思っています。僕が大学3年生のゼミをやっていた時、ノーベル賞の受賞論文を読むというゼミをずっとやっていたんです。文系でも卒論を書く時には孫引きをするなって必ず習いますよね。原典をちゃんと読みなさいってことを必ず言われると思うんですけど、それはなぜだか分かりますか? なぜ原典を読むことが重要か。
角:間接的に情報が歪められたりとかっていうことですかね。
早野:通常はそういう理解ですよね。たしかにそうなので、歪められていない原典を読むのが大事だと習う。でも、僕はもっと重要なことがあると思っています。それは最初に何かを見つけた人、何かを言い出した人、それはビジネスパーソンでも同じですが、最初の人ってのは、言ったこと、書いたこと、そこに必ず「感動」があるからです。もちろん僕が読むのは論文のようなものが多いので、そこには「イェイ!こんなことをやった!」みたいな文体では書いていないんだけれども、必ず感じ取れるものがある。時としてそれがあまりに人に伝えるのが難しい斬新なアイデアだったりした場合には、その説明の仕方がきわめて拙い場合もある。でも最初にそれを見つけて人に伝えようとした時の「感動」というのが必ず原典には感じられるはずなんです。
角:すごくよくわかります。
早野:知識だけだったら、そのあと整理された教科書なりなんなり、あるいはWikipediaだってそこそこのことは分かりやすく書いてあったりするのですが、そこから得られないものは何かっていうと「感動」なんですよ。最初にそれを気がついた人、あるいは新しいビジネスモデルをつくった人、いわば「ア・ハ・モーメント」ですよね。
その「感動」を一緒に仕入れる。知識を仕入れるんじゃなくて、感動を一緒に仕入れるっていう。理科の教科書でわけもわからず物質の名前を覚えるとか、もちろんそういう基礎的なインプットも必要です。でも人を巻き込むために「仕入れる」には、知識をいくら仕入れてひけらかしても駄目で。その元にある「感動」を仕入れられるかどうかってことが、ものすごく僕は大事だと思っています。学生のゼミでノーベル賞論文を読むってことを長年やってきた思いは、そういうところにありますね。
宮内:めっちゃええ話やね。
角:理系と文系の話にも今日はなりましたし、先生の本にも「クォーク」についての話が出てきますが、あの名称ってジェイムス・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』から付けられていますよね。それってなんてセンスがいいんだと思ったんですよ。
早野:言い古された言葉でいうと「教養の厚み」とかそういうものなんでしょうけど、いろんなものがインプットされていて、それがある時パッと結びつく。遠いものとパッと結びつくっていう、そういうことはあらゆる場所で重要かなということだと思いますね。
宮内:日本はイノベーションがこの30年起きていないとよく言われますけど、やはり短期的なビジョンや成果によりがちで、遠くにあるのものを役に立たないと判断してしまいがちなところに課題があるなと思っていて。僕らもなるべく変なことも考えるようにしています。
早野:なるべく変なことは考えていくことは本当に、無駄かもしれないけど時として何かバツッとくる瞬間がありますよね。今回、事前にいただいた質問の中に「最近特にこれは面白いと思われたものを1つ教えてください」というのがありましたよね。僕はなんて答えようかと思って今朝考えていたんですけど、僕が最近食い入るように読んだのがこれですね。
宮内:コロナワクチンの「ソースコード」のリバースエンジニアリングですか。
早野:今話題のファイザーのワクチンですね。それがどのように書かれているかっていうのがWHOから発表されていてですね。そこにこの遺伝子コード、「GACA…」っていうのが4000文字ぐらいで書かれているんです。それをDNAプリンターに打ち込むと、ワクチンが実際に合成できるんですよ。
角:えぇ!?
宮内:クレイジーだ!
早野:クレイジーですよね。僕は物理学者なので生物のことあんまり詳しくなかったので、「ほう、そうか。mRNAワクチンってそういう具合にできているんだ」というのがまず1つ驚きだったんですけど。
それだけじゃなくて、実はここに書かれているソースコードは一体どういう意味があるのかっていうことをちゃんと解説した記事があって。その4000文字の文字列がどういうサブルーチンからできているか書かれているわけですよ。ここはどういう意味で、それで最終的に免疫を生じさせるのはコロナの表面にあるトゲトゲのたんぱく部分。そのトゲトゲのたんぱくのシークエンスというのがここに埋め込まれているんですね。
宮内:すげえ(笑)。
早野:そうなんですよ。その前はここにはどういう文字列があって、これが人間の体に入った時に、あらかじめ人間が持っている防御システムによってこいつが壊されてしまうと細胞の中に入らない。
その免疫システムをどうやってかい潜るかというと、ここに出ている遺伝子コードの中に、本当は人間の遺伝子というのはU、ウラシルと呼ばれる塩基がなければいけないんですが、ワクチンはUのかわりにΨとかいう変な文字が入っていて。これはなんでUではなくてΨなのかというと、それが人間の免疫防御システムをうまく潜り抜けて中に入るための特別な仕掛けであるとかですね。そんなことがいろいろ書かれているんですね。
宮内:めちゃめちゃワクワクしますね、これ。やばいです(笑)。
早野:すごいワクワクするんです。ここにある4000文字ちょっとですけど、その4000文字がおのおのどういう意味を持っているかということを解説した記事があって、これは面白い!すごいなと思って。だからファイザーのワクチンってこうやって設計されているのか、こういう具合に効く仕掛けなのかとか、つくる時ってこんなプリンターでまずはつくるのからスタートするんだとかですね。これは面白かったね。
宮内:でも4000文字だったら普通にエンジニアでも書けますよね。
早野:そうなんですよ。これは公開されたのが去年の12月25日ですね。めちゃめちゃ面白い。これぜひ読んでください。
角:でも、こうやって面白いものを発見しようと、常にアンテナが。
宮内:まさに仕入れがやばいですね。
角:アンテナの広さと、あと反応するフットワークの軽さ。僕らは「反応するしきい値の低さ」みたいな言い方をしているんですけど、両方すごいと思うんですよ。これって多分、先生は子どもの頃から鍛え上げられている気がするんですけど、それをほかの人も同じようにするためのヒントを教えていただくことできますでしょうか?
早野:強いて言うならば、若い人、学生や社会人になったばかりの人には、自分が超えるべきハードルの高さを知ること、別の言い方でいうとロールモデルを見つけることだと思います。本人の努力もあるし、周りの人たちがどういう環境を作ってあげられるかという教育の問題でもありますが。「自分が目指すべきハードルの高さ、例えば具体的な人でいうとこの人を超えないと駄目なんだ」っていう、そういう目安が若い頃に見つかるかどうかが重要です。
角:早野先生はどうだったんですか?
早野:僕が学生だった頃は、そもそも学生が外国に行くことがあまりなかった時代ですから、それを若い頃にできたのは非常に僕自身を形成するうえで重要だったし、それからヴァイオリンの世界でも最初にスズキ・メソードの創始者本人に出会って、その本人から教えを受けたってのは非常にラッキーだったと思っています。
その人の日々のいろいろな仕入れ方とか勉強の仕方とか、それから自分の鍛え方とかですね。スポーツの世界だったら、例えば何秒とか数値目標があって比較がしやすいんだけれども、そうでない世界は難しいですよね。学生時代は大体100点で天井が切られているわけですが、社会に出たらそうではありません。それこそ人生は100点で終わりではないので、じゃあ100点よりも上ってどのぐらいの高さなのかということ。「少なくともあのぐらいの高さ、ああいうクオリティ、それにならないといけないんだな」と気づけるかどうか。あるいはそれを気づかせてくれるような人や物に出会えるかどうかが重要です。
角:身近な友だちのレベルではなくて、ですね。
早野:それは本で読んだ歴史上の人であってもいいかもしれない。それこそ先ほど言った「巨人の肩の高さってどのぐらいなのか」っていうことを、それを若い頃に実感を伴って知るということがものすごく大事だと思うんです。
やっぱり人間は想像力がそれほど豊富な生き物ではないので、一番分かりやすいのは具体的な人間。そういうロールモデルを見るのが多分一番簡単なんでしょうけど、それが見つかるか、あるいは出会うチャンスを逃さない。それによって巨人の肩の高さというのを知るのが、実は一番大事かなって思いますね。
角:なるほど。目指すべき人あるいはものとの出会いが大事だということ。
早野:でもなかなかね、見ていても今がその瞬間だって気がつかないことすらあるからね。
角:そうですね。
早野:「もしあの時…」ってあとから言ってもしょうがないし、その時に右へ曲がっていたらどうなっていたかということは誰にも分からない。でももしかしたら今がその瞬間かもしれないということを少しでも思うかどうかっていうのは、やっぱり決定的に大事だと思います。
(1/2はこちら)
【プロフィール】
早野 龍五(はやの・りゅうご)
東京大学名誉教授(物理学者)
世界最大の加速器を擁するスイスのCERN研究所(欧州合同原子核研究機関)を拠点に、反物質の研究を行う。 また、2011年3月以降、福島第一原子力発電所事故に関して、Twitterから現状分析と情報発信を行う。近著に『知ろうとすること。』(新潮文庫:糸井重里氏と共著)、『「科学的」は武器になる - 世界を生き抜くための思考法 -』(新潮社)など。
1952 年生まれ 岐阜県大垣市出身
1979 年 東京大学大学院理学系研究科修了、理学博士
高エネルギー物理学研究所助教授、東京大学助教授を経て
1997年 東京大学大学院理学系研究科教授
2017年 東京大学名誉教授
現在
才能教育研究会(スズキ・メソード)会長
(株)ほぼ日サイエンスフェロー
放射線影響研究所評議員
国際物理オリンピック2013協会理事
などを兼務
反物質の研究により2008年仁科記念賞、第 62 回中日文化賞などを受賞。