「官僚的に生きてきた」伊藤羊一氏が覚醒したタイミングとヤフーに転じた理由
Yahoo!アカデミア学長であり、グロービス経営大学院客員教授でもある伊藤羊一氏。初の著作「キングダム 最強のチームと自分をつくる」も発売直後に増刷が決定するなど好調です。そんな伊藤氏と、フィラメントCEO角との対談が実現。前編では、自身の仕事観をくつがえすターニングポイントとなった「ある出来事」について語ります。(文:川合 和史)
*本記事は、2017年7月に㈱フィラメントのコーポレートメディアで公開された記事の再掲です。
【プロフィール】
伊藤羊一(いとう・よういち)
日本興業銀行から2003年プラス株式会社に転じ、流通カンパニーにて物流、マーケティング、事業再編・再生に従事。2012年執行役員ヴァイスプレジデントとして、事業全般を統括。
2015年4月ヤフー株式会社に転じ、企業内大学Yahoo!アカデミア学長として、次世代リーダー育成を行う。またグロービス経営大学院で教壇に立つほか、株式会社ウェイウェイ代表として、リーダーシップ開発、様々なインキュベーションプログラムで事業開発サポートも行う。
著作「キングダム 最高のチームと自分を作る(かんき出版)」
角勝(すみ・まさる)
大学で歴史を学んだ後、大阪市に入職。在職中にイノベーション創出を支援する施設「大阪イノベーションハブ」の設立・運営に携わったのちに2015年3月大阪市を退職。各地でオープンイノベーションの支援、ハッカソンの企画運営を行っている。
アンパンマン症候群
角:本日はよろしくお願いします。前から気になっていたんですが、(伊藤)羊一さんの名刺って黒色ですよね。他のヤフーの皆さんの名刺は赤色なのに。
伊藤:これはスターバックスのブラックエプロンみたいなものなんです。
角:それは柔道における「黒帯」ということですか?
伊藤:そうそう、この名刺を持っている人は10人くらいしかいないの。
※参考)「たった1%の狭き門。黒帯制度とは?」(linotice)
角:すごい! 羊一さんはいつも全国を飛び回っていますよね。
伊藤:そうなんですよ。でもね、どんどんアウトプットが増えてくると、枯渇しちゃわないだろうかって感じがして。
なんかね、自分がアンパンマンみたいな気分になってくる。完全に、アンパンマン症候群。
角:いきなり面白いキーワードがでてきた! アンパンマン症候群とは?
伊藤:飛び回って、顔をちぎっては与え、ちぎっては与え……
角:ああ、なるほど。
伊藤:やっぱり、インプットがあって、アウトプットしないとね。人に一方的に話すばかりではなくて。今日みたいな対談なら、話している中で発見することも出てくるんですけどね。
角:雑談でもいいので、アウトプットの合間に入れていかないと、枯渇しますよね。
伊藤:こうやって1対1で話すと、自分の気持ちや考えも整理できるし、貴重な自分のインプットの機会になります。今日のテーマは「Reframe(再構築)」でしたよね?
角:はい。フィラメントのビジョンが「Society Reframe Engine」なので、それにちなんでお話いただければと。
伊藤:この「Reframe」についていろいろ考えていたんですが、やはり「自分自身の生き方」だなと。僕自身が自分と向き合うということをやってきて、変えてきたので。他の人にも「俺にもできるんだからみんなそうやって自分を解き放った方がいいよね」って伝えることを、今は生業にしているんです。
角:その話、詳しく聞きたいです!
自分で決めるという覚悟
伊藤:こう言うと格好つけるみたいだけど、昔から「お客さんに喜んでもらってなんぼ」というところがすごくあって。
お客さんのことを考えるというのはいいことなんだけど、本当はそれだけじゃダメで。
目的のために(あえてお客さん想像を裏切るような飛躍をもって)最短距離を取る必要な時ってあると思うんですよ
でも僕は「お客さんの要望を官僚的にこなしていくのが働くことだ」とずっと思ってたんですよね。
角:官僚的というのは?
伊藤:やるべきことを淡々とやるという意味ですね。
角:なるほど、今の羊一さんからは想像がつきませんが……何歳ぐらいまでそう考えておられたんですか?
伊藤:44歳くらいまでですね。
角:えっ、結構最近なんですね(対談当時、伊藤さんは50歳)。変わったのはヤフー入社後でしょうか?
伊藤:いえ、44歳って、ちょうど東日本大震災の年(2011年)なんですよ。
角:おお、では、東日本大震災がターニングポイントになったということでしょうか?
伊藤:はい。人生を簡単に振り返ると、20代は全然ダメでしたね。それから周りから助けてもらって、ようやっと仕事をちゃんとやり始めたのが20代後半です。そして30代は結果が出るから、ああ面白いって一生懸命を仕事やっていました。
「企業に雇われて一生懸命成果を出すことが正しい働き方なんだ」ということしか考えてなかったんです。。
角:公務員もそうですね。優秀な役人って与えられた役割をどうこなしていくかってところにフォーカスするし、そのためのモチベーションマネージメントをちゃんとできるのが良い役人。
伊藤:完全にそうでした。そういう仕事は割とできたほうだと思うし、それがいけないってことじゃないんだけど、でもそうすると会社と自分を並べた時に、明らかに会社の方が「自分より大事」みたいに考えちゃうんですよね。
自分を消して「自分<会社」になって、組織の思うことをやるのが自分だ、っていう風に勘違いするんです。
会社の言うことを実現するのが仕事で、会社員というのはそういうものだって。
そこに対して「自分の人生を生きろ」って言われても、何言われてるのかさえ分からない。僕は、そういう状態だったんですよ。
角:それが、震災をきっかけに変わったと。
伊藤:はい。その時は、文具・オフィス家具メーカーである、プラス株式会社の中間流通事業部門にいました。
そこでは、文房具だけじゃなくて、電池とか軍手、ゴム長靴、台車、消毒液、飲料、食品など、オフィスで必要なものをなんでも扱ってたんですよね。なんと土嚢(どのう)まであったんですよ。
角:災害時に必要なものがひと通りあったんですね。
伊藤:そう。そういうものを商材にしていました。だから震災が発生してとにもかくにも一刻も早く商流と物流を戻さないとっていうのが当然あって、ものすごく速く流通を復活させたんですよ。
証明できないけど、聞いた話を総合するとたぶん流通会社の中で一番速かった。
そして、その流通を復旧させるリーダーに、気がついたらなっていました。「俺がやる」って、いつの間にか指示を出していた。そうするとリーダーとしての意志決定ということをやらざるを得ない状況になって。
リソースが限られている中で、選択を迫られることの連続。Aを取るかBを取るか。Aを取りたい、でもAを取るということはBを捨てることになる。そんな選択を毎日、非常事態の中で何十回もやり続けたんです。
「自分<会社」が「自分>会社」に逆転
角:大変な局面だったと思いますが、どういう基準で選択していったのでしょうか?
伊藤:それが「自分の価値観」だったんですよね。もちろん、会社の価値観やビジョンはあります。しかしそれだけでは、震災という特殊な状況の中で、Aを取るかB取るかを決めるということはできません。それを決めるのは、「自分の価値観」しかない。結局、会社の価値観に基づいて与えられたことをやるっていうのが仕事のすべてではなくて、リーダーというのは自分で決めていくこと。
そのときに、「ああ、自分の人生を生きる人って、常に自分で選択をして生きているんだ、人生って「決める」ことなんだな」と気づいたんです。まさに自分にとっての契機でした。
角:震災前までは、どのような選択をしていましたか?
伊藤:例えばAとBがあったらプロコン(pros and cons:メリットとデメリット)を表にして「私としてはAが良いかと思うのですが、いかがでしょうか」と自分の意見まで添えて上申して決めていただく、っていうのを滞りなくやっていました。それが優秀な仕事の仕方だと思っていたんです。
角:まさに官僚ですね。
伊藤:でしょ。官僚として、わりといけてたわけですよ。でも「全然違うわ、これ」みたいな。
角:能吏と、ちゃんと決定する人っていうのは違うって話ですね。
伊藤:非常事態の中で決定をする立場で、プロコンをちゃんと整理して考えるなんてことしていられない。基本的に100%確かなことはあり得ない状況で、それでも決めるんだっていう覚悟。
ああこれ、決めてるのは「自分」だなって実感した。「自分<会社」が「自分>会社」に逆転したんだよね。
そこから仕事の見方が変わった。それまではただの能吏だったけど、そこから自分の人生を生きられるようになったんです。
角:すごく共感します。自分も役所生活最後の3年間は、自分の価値観と組織に求められていることが、たまたま一致したんです。自分を出せる仕事が世の中にあって、それに従事する喜びを知った。何かを決める時に、なんか「そんなに考えなくても感覚的に分かる」みたいな。それは天職ってことなんだろうなって思って。それで退職してフィラメントを起業したんですよね。
伊藤:うん。気づいちゃったんですよね。本当は僕自身も、いろいろと仕事をしてきた中で「これでいいんだろうか」という気持ちがどこかに薄々あったんだと思うんです。何もないところからいきなり気づいて目覚めたんじゃなくて。
でも事故や天変地異やトラブルって、何かに気づくきっかけになることが多いんですよね。四の五の言わずにいろいろやらないきゃいけないという中で、自分の価値観に基づいてミッションを実現する大切さに気づいた。
角:非常事態って、すごいストレスがかかると思うんですよ。でもやらなくちゃいけないっていう使命感の中で、みんな目覚めていくんですね。
(2/2へ続く)