電脳交通CEO近藤洋祐氏 COO元IDOM北島昇氏に聞く、地方の移動とMaaSの展望
タクシーの配車サービスをはじめ、タクシー業界のIT化で注目の交通系テック企業「電脳交通」。そのツートップである、近藤洋祐さんと北島昇さん。COO北島さんの入社によって、どのような点が変化したのか?
また、これからの電脳交通のビジョンやMaaSに対する考えについて、FilamentCEO角と語り合いました。北島さんと離れて暮らすご家族のお話もあります。(文:野村真帆)
*本記事は、2019年7月に㈱フィラメントのコーポレートメディアで公開された記事の再掲です。
【プロフィール】
近藤洋祐(こんどう・ようすけ)
1985年生まれ、徳島県出身。2012年より吉野川タクシー(有)代表取締役。衰退が続く地方交通業界において、「会員制妊産婦送迎サービス」などの革新的なサービスを提供しながら会社を再建させる。
2015年、「クラウド型タクシー配車システム」を開発・提供し、全国各地のタクシー配車業務代行も請け負う(株)電脳交通を設立。
2019年7月現在、同社のシステムは、全国17地域75のタクシー会社に導入されている。
北島昇(きたじま・のぼる)
学生時代に起業。9年ほど経営経験を経て、2007年株式会社IDOM(ガリバーインターナショナル)入社。2016年同社執行役員就任。経営企画、マーケティング、新規事業開発、人事、広報、カスタマーサクセスの責任者を歴任。事業開発と組織・人財開発を両輪とするIDOMのデジタルトランスフォーメーション推進の一端を担う。2019年3月に取締役として徳島の株式会社電脳交通へ参画。東京と徳島で二拠点生活中。
角勝(すみ・まさる)
20年間にわたり大阪市役所にて勤務し「大阪イノベーションハブ」の立上げと企画運営を担当。2015年、大阪市を退職し、フィラメントを設立。多くの企業で新規事業創出プログラムの構築・実行支援や、独自設計したワークショップとコミュニティ創出手法を用いた人材開発・組織開発を手掛ける。2016年には企業アライアンス型オープンイノベーション拠点The DECKの立上げにも参画し、他のコワーキング・コラボレーションスペースのコンセプトメイクにもアドバイザリーを提供している。
戦闘力の高い”兄貴”の入社
角 今日はよろしくお願いします。まず、どういった経緯で北島さんは電脳交通に入社することになったんですか?
近藤 角さんに誘っていただいた東京のイベント『「移動の自由」を実現するためのインフラ研究会』で出会いました。名刺交換をして、すぐにオファー、面談し、入社してもらうことになりました。彼は東京の会社からもたくさんオファーをもらっていたのに、徳島までよく来てくれたなぁって思ってます。
角 あのイベントからトントン拍子に決まったんですね。
そのイベントの前に開催した「QUM BLOCS」というイベントで、近藤さんと”東京と地方の差”の話をしたときに、「東京にはビジネスを立ち上げてきた経験豊かな兄貴みたいなメンターがいるんだけど、四国だとメンターがなかなか見つからない。会社のステージとしてそういう人が必要なんですが、いなくて困ってるんです」とおっしゃっていたんですよ。
近藤 そうでしたね。徳島、四国には、そもそもスタートアップ企業があまりない。ビジコンに出れば優勝するし、四国で起業家っていうとスポットが当たる。でも、どれだけ徳島で頑張っても、今のままでは戦闘力が低くて、これ以上は上がれない。これはやばいと思っていたんです。
このタイミングで戦闘力の高い人に入ってもらわないと、このまま電脳交通が「四国のスタートアップ」で終わってしまうと。
角 その時に、どこかで北島さんを紹介したいなと思ってたんです。近藤さんなら、紹介したらあとは自分でなんとかするだろうって思って、お二人にもその東京のイベントに来てもらったんですよね。
(近藤さん)
近藤 角さんから聞いて、速攻「行きます」って返事して。
角 近藤さんすごいフットワーク軽いですよね。
近藤 これは絶対行った方がいいと思って、北島に会うためだけに東京へ行きました。そして会った瞬間「あ、この人なんか普通の人と違う」と思ったんですよ。
北島 そのイベントで名刺交換して、そのとき、近藤が名刺交換だけなのになぜか会社のことをたくさん説明してくれて(笑)
近藤 その後、即日でめちゃめちゃ長いメッセージを送ってオファーしました。
角 熱量を感じますね。でも北島さんは他にもたくさんのオファーがあった中、どうして電脳交通に決めたんですか?
北島 勘!(笑)近藤とチームと徳島と、匂い。なんかあるぞって!面白そうだって。
あと、僕は新しいもので新しい時代を作るより、今あるもので新しいことをする方が好きなんです。たまたま産業再生とか企業再生とか地域活性化とか、やりたいなぁって思っていました。そして、やりたいこと全部ができる土台が電脳交通には見えたんです。既存サービスであるタクシー、徳島という地域がぴったりハマった。
角 なるほど。
北島 正直、この会社が勝てるという勝算は分からないです。ただ、めちゃめちゃ良質なイシューにコミットしていると思っています。
北島さんの入社の影響
角 北島さんは3月1日付で電脳交通に入社したわけですが、最初の印象はどうでしたか?
北島 「小さいけど大企業みたいな組織」ですね。
近藤 四国でビジコンに出たら軒並み優勝しちゃうし、何かやったら新聞に載る。銀行も他に融資先がないから、「電脳さん頑張って」って。何やっても記事になるし、評価されるし、全方位からチヤホヤされてきたんですよ。そして、近藤についていけば大丈夫、という空気になっていた。
角 近藤さんが決められたことや、与えられたことはきっちり的確にやるんだけど、一歩踏み込んだところはやらないとか、そういう感じですか?
近藤 そうなんです。そこで、5月6日、会社が4期目に入った瞬間に初めて社員総会を開いて、事業体制をリセットしました。一からやり直そうと。
北島 僕はその総会で、「今までは近藤がタクシードライバー出身で、地域発のスタートアップという創業ストーリーありきで商品は売れたし、組織に人も集まってきた。でも、次のフェーズに行くためには、近藤がシンボルの会社はもうやめないといけない。本当に地域を支えていく企業になるために、なんで電脳に来たかを考え直して、自分たちも、近藤みたいにもっと体重のっけて本気で来いよ」って話をしました。
角 でも短期間で組織を変えるって、相当大変でしょう? どうやって社内のコミュニケーションを取っていったんですか?
(北島さん)
北島 社員全員と1on1で話しました。人によっては飲みながら。
角 全員と飲みに行ったの?
北島 はい。ランチとかお茶とかもありますけど。全員と1人ずつ相対して話を聞きました。そこでは個人の生き様とか、何してきたかとか、自分史を1人1人聞いていきました。それで分かったことは、みんなしっかり自分を持ってるにもかかわらず、業務に関しては、盲目的に近藤についていくという姿勢。でも、実は思っているところもある、と。それは言わんかい!!って(笑)
角 近藤さんについていきますっていうことで、入ってきているんだけど、なんかモヤモヤするところはあると。
北島 そうなんです。みんなしっかり自分の意見も持ってたんですよ。それで新しい事業部体制になって、バリューを決めて、各部署のトップの人たちとKPIとかKGIとか決めさせて、諸々整えていきました。これからやっと成長戦略に入っていけるかな、という感じですね。
角 なるほど。北島さんが来てくれて本当によかったですね!
近藤 本当によかったです。
MaaSの文脈では語られない移動の課題
角 次にMaaSについても、お話をうかがいたいです。近藤さんは、最近のMaaSの盛り上がりをどう感じていますか?
近藤 最近、自動運転とかMaaSの分野が盛り上がってるんですけど、MaaSを展開している企業が見えてないところは、いっぱいあるなと感じています。
角 具体的にはどのようなところですか?
近藤 MaaSのインターフェースとしてスマートフォンを使っているところが多いですが、地方は高齢者が多く、スマートフォンを使えない人が多いので、電話とか、呼び出しボタンとか、アナログなやり方でないとオペレーションが回らない。
角 わかります。MaaSの議論になると、そういう地道な話になりづらい。大枠の話になっちゃうんですよね。テクノロジーの発達とか、デジタルトランスフォーメーションとか。
でも、実際にはそうではなくてニーズが先に来るんですよ。高齢者の方が免許を返納することで、本当に移動に支障がでたり。便利なテクノロジーが完全に行き渡るまでの間に、その部分の解決どうするんだ、って。儲からない部分だから目を背けがちですよね。
近藤 そうなんです。様々な人の生活に紐づいた交通網を作っていくにはどうしたらいいのだろうという観点と、移動したその先に何をやるのかということろまで考えていかないといけないと思うんです。そうでないと、手段だけが残ってしまう。だから、僕たちはそれを考えるための実証実験をやっています。
角 どんな実証実験をしているんですか?
近藤 ドコモと一緒に、山口県にある人口5,000人くらいの集落で実験をしました。コミュニティバスも鉄道も走ってないところです。タクシー会社は2社あって、台数は合計で3台あります。そのタクシーを7日間全部借り切って、無料で地域住民に開放しようっていう実験をしたら、人の移動が約4.5倍になったんです。
角 4.5倍はすごい! みんな、どこに移動したですか?
近藤 スーパーに行って買い物したり、何かサービスを受けたり、病院に行ったり、お金を使いまくってるんです。経済の循環がより良くなったんですよ。
この実験をやるために、その地区で配車アプリと電話のインターフェイスを用意して、「どちらでも使ってくださいね」って配車オペレーションを徳島でやったんですよ。そしたら、100%電話を使っての連絡だったんですよ。高齢化が進んでるから、アプリとか使えないんです。
角 その電話とかの周知はどうやったんですか?
近藤 その地域でドコモさんたちと、みんなでビラ配りしました。
角 えー、本当に? ポスティングとか?
近藤 スーパーとかの前に立って配りました。でも効果がすごくて、そこからまた口コミで「タダでタクシーが乗れるぞ!」ってすごい広がるんですよ。
角 でもタクシーは3台しかないから、コストは3台分なんだよね?
近藤 そう。そこは今回ドコモさんが負担してくれました。行政など何も入れずに、自分たちだけでしました。で、エビデンス作って持ってったら、山口市がのっかってきてくれました。
角 あと、その移動した先でどれくらいお金使ったか知りたいところだねー。
近藤 そうですね。今回はスーパーとかと提携してなかったので、そこまで追いかけられなかったんです。どこへ行って何をしたかまではわかるんですが。
でも面白かったのは、7日間で利用者270組くらいいたんですけど、そのうちの41%が生まれて初めてタクシーを使った人たちだったんですよ。
角 え、本当に? めちゃくちゃ面白い!
近藤 タクシー使ったことなかった理由はなんですか?って聞いたら、お金が高いのでタクシーは使ったことがない、と。
実は、実証実験のちょっと前までは、その地区でコミュニティバスが走ってたんですよ。年間6000万くらい市が予算つけてたんですけど、利用者が少なすぎて、割に合わないってやめちゃって。
100円で町の主要スポットは行けるのに、「何でコミュニティバス使わなかったんですか?」って聞いたら、「バス停まで行くのがしんどい」という人と、バスの補助ステップくらいのちょっとした段差を「足を上げるのがしんどい」って人がとても多かったんですよ。
コミュニティバスは辛い、タクシーは高い、って人たちが移動せずに、家の中で閉じこもっていた。そういう人たちがどうしていたかっていうと、1週間に1回くらい家族が来て、お買い物に連れて行ってくれる。それだけでイベントが終わってしまうんですね
で、移動コストを0へ引き下げ、タクシーだとドアツードアで、家の前まで来てくれる。高齢者の人でも、腰から乗れるし楽なんです。そしたら人が4.5倍動きはじめて、みんなお金を使い始めた。ここって、MaaSの文脈ではなかなか語られない部分なんですよ。
角 どこかへ行きたくても誰かに連れてってもらわないといけないし、迷惑かけちゃうから、無意識のうちに行きたい場所とか理由をみんな消してしまってる。
でも、あそこに行きたいって、段々じわじわと出てきて、顕在化していくと、楽しくなる。人生が豊かになる。人との出会いや会話を楽しめる。みんな行きたい場所とか本当はあるはずだから、それを開放してあげる。
MaaSってそういうものであってほしいなって、近藤さんの話も聞いていて思いました。
近藤 新しい交通網がすばらしくデザインされているとか、そういうのが魅力なのではなくて、人がその街でより動きやすくなる環境づくりが大切なんですよね。タクシーでできることって、まだまだたくさんあると思うんです。
市バスとか、鉄道とかってコストがかかる。駅とかバス停作るってお金がかかってしまうので。行政の負担とかも入ってくるし、事業計画が長期になってしまう。でもそこがタクシーだとスムーズに動けるんですよ。
角 確かに! タクシーの方がいいですね。バスは空気だけ運ぶパターンも多くなってしまって、誰も幸せじゃなかったりすることもあるよね。それが、タクシーをもっと上手く使うことで、多くの人たちが幸せになっていく。そのほうがいいよなあって思います。
近藤 コミュニティバスの予算と、電脳とドコモが実証実験でつくったタクシーのプランを年間で使ったら、っていうのを山口市が計上したら、僕たちのプランの方が安かったんですよ。つまり、ドアツードアで人の移動も増えるし、しかもコストも安い。
角 すごい画期的だなぁ。今やられてることって、本当に日本全体の課題解決ですよね。
近藤 最先端の課題です。ここから世界中を見渡すと、多分同じような課題を抱える国が他にもたくさん出てくると思います。このノウハウを使って、グローバル展開狙う気満々です!
離れて暮らす家族との生活
角 次に、北島さんの現在の生活についても聞かせてください。北島さんは今、徳島にいることがほとんどなんですよね? 東京に家庭があるじゃないですか。家族と離れて暮らすってどうですか? 相当な決断だったと思うんですが。
北島 え?なんで?
角 なんで?笑
北島 もともと、平日はあんまり家にいなかったしなぁ。みんなめっちゃ抽象的に捉えすぎですよ。
普通に働いている人だったら、家族とは朝ちょっと会えるくらいって人が多いと思うんだけど。ゆっくり会えて土日じゃないですか?
だから移動自体を朝とか夜にしちゃえばいい。徳島ー東京間の移動が約1時間10分。休日を東京で過ごしても、月曜日の朝7時の飛行機乗ったら、8時半にはもう徳島についてるから、1日丸々徳島で仕事できる。
それに徳島に家族を呼んだりもしています。むしろ一緒に過ごす時間増えたかも?ってくらい。だから何が問題なの?って。笑
角 でも、奥様は不安じゃないですか?
北島 確かに妻もはじめは、毎日家に帰ってこなくなるってのはなんかなぁって心配していました。でも今ってスカイプとかFaceTimeとかあるし、よっぽどその方がコミュニケーション取れてます。朝飯黙って食べて一言二言話すだけより、よっぽどきちんとコミュニケーション取ってる。
角 なるほど。
北島 だから僕、徳島に来て、オンラインであれ、face to face であれ、一緒にいる時間を昔より大切にしてます。めっちゃ濃いんです。休みの日のタイムテーブル。
子どもたちがタイムテーブル作るんですよ。これやって、これやって、これやって、って。
角 確かに、無意識に過ごすと、「一緒にいること」に対してあぐらをかいてしまうことがあるかもしれませんね。
北島 そうそう。それめっちゃ感じました。
角 離れて暮らすことで、より一緒に過ごす時間が増えて密度が濃くなると。
北島 あと、子どもに「親が自分の信じている道を楽しんで生きている姿」というものを見せられているかな、と思います。
角 それ、絶対ありますよ! 僕も自分の姿を子どもたちに見せたいといつも思っています。
地域の経済と情緒を支える企業へ
角 最後に、電脳交通をこれから運営をしていくうえでのビジョンをお聞かせいただけますか?
近藤 徳島の経済界のシンボルである、大塚製薬みたいな地域の人にとって精神安定になる会社に成長することです。大塚製薬は、至る所に看板があるし、宿泊やったり、飲食やったり、美術館作ったり、徳島ではいろんな事業をされています。
角 大塚製薬を中心に経済がまわっているところもあるんですね。
近藤 はい。約100年間、ずっと徳島県民の心の支えだったんですよ。徳島といえばポカリスエットの大塚製薬。でも、これから先の100年、大塚製薬以外にも地域の人たちの希望の光になる新しい企業が生まれないと、徳島がこのまま終わってしまうって思ったんです。だから、僕たち電脳交通がやってやろうと。
そして、経済的な部分でも情緒の部分でも、地域の人たちの心を支えていける企業になりたい。3万人くらいグローバルに雇用して、売上3兆、4兆。それくらいパブリックな会社を目指しています。
角 電脳交通が新しい徳島の希望になる日は、すぐそこまで来ていると思います。本日は面白いお話をありがとうございました!