「これはアリ」入山教授も認めたレノボR&D部門の挑戦と、日本企業復活のヒントとは。
変化の時代に必要なのはミッション・ビジョン・バリューの「腹落ち」
角:入山先生、そもそも、ミッションやビジョンが企業になぜ必要なんでしょうか。
入山:伝統的な日本企業は残念ながらグローバル企業と比べると競争力が落ちてきているように思います。僕が考えるに、この原因はミッション・ビジョン・バリューの浸透度の差だと理解しています。勢いのあるグローバル企業ではミッション・ビジョン・バリューが社内に浸透しているけど、多くの日本企業では浸透しているとは言えない。
村上:まちがいないですね。
入山:今の世の中はすごく変化が激しくて正解がありません。これまでのやり方でこれからもうまくいくという保証もないため、イノベーションを起こさないといけない。でもイノベーションを起こすには、「知の探索(※)」をして離れた知見を組み合わせたりする必要があって、そのための学習は死ぬほど大変なんですね。しかも、その結果はめちゃめちゃ失敗が多い。スティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスって大失敗王なんですよ。Amazonは1年間に70の新規事業をやって1年半以内に全部撤退させてるんです。だからべゾスもジョブズも本質は「失敗王」なんですよ。でもそれをやっていかないとイノベーションは起きない。
角:イノベーションを生むには失敗をたくさんすることが不可欠ということですね。
入山:そうです。100回とか500回とかに1回、たまたま当たった商品があって、それが馬鹿みたいに売れた。それがiPhoneやMacBookなんです。ほぼ全部失敗するんですが、それでも進めなくてはいけない。
これからの圧倒的に変化が激しくて、先が見えない時代に一番やっちゃダメなことは、「正確な分析に基づいた将来予測」です。
角:それはなぜですか?
入山:正確な分析をすることは悪くありませんが、それに基づいて予測をしても、前提条件が変わってしまうからです。
角:なるほど。
入山:誰も5年前に、みんながマスクしたまま仕事をすることになるなんて予測してなかったですよね。ウクライナで戦争が起こる、半導体の価格が上がるといったことも誰も事前に予想できなかった。だから大事なのは「センスメイキング」、いわゆる「腹落ち」ですね。「うちの会社はこういう祖業であり、こういう想いを持っていて、こういう社員がいる。だから、こんな方向で世界に価値を提供し、前に進んでいこうよ。ワクワクするでしょ、腹落ちするでしょ」という様なメッセージを発して、みんなを巻き込んで一緒に前に進むことがすごく重要です。
角:そのために必要なのがミッションやビジョンということですか?
入山:そうです。
角:企業におけるミッションやビジョンの役割とはどのようなものでしょうか。
村上:ミッションは自分たちが何のために仕事をしているのかを示しているもので、皆がワクワクするものであることが重要です。ビジョンはなりたい姿、目的地を示しているものです。ふわっとしがちですが、皆の納得感が一番大事になる。
入山:臣さんはよくご存じだと思いますが、グローバル企業はミッション・ビジョン・バリューを死ぬ気で考えてるんですよね。しかも考えるだけじゃなくて腹落ちさせるまでやるからチャレンジが続く。そう理解していますが、実際のところはどうでしょうか。
村上:その通りです。グローバル企業はビジョンやミッションにこだわりが強い。なぜなら、世界中でいろんな人がいて、いろんな多様性を持ってる組織なので、放っておくとそれぞれの方向に最適化されていってしまう。多様性を持ちながら全体としての最適化をするための道しるべがミッション・ビジョン・バリューなんです。前職のLinkedInでも四半期に一度ミッションやビジョンに関する研修が行われるくらい注力していました。
入山:でも、日本の多くの会社はミッションやビジョンがない。あっても社員は知らない。知ってても全然腹落ちしていない。そうなると目先のことに囚われてしまい、ちょっと失敗すると知の探索をやらなくなる。だからイノベーションが起きないんです。これが日本の最大の課題です。
レノボJapan R&Dのミッションとビジョン
塚本:ミッションは「やりがい」に繋げたいと考えています。私たちは従来から「お客様の成功のために」と言っていますが、技術の力でお客様の課題を解決するだけではなく、人類や地球にとって重要な課題を解決していくことを私たちのゴールにしたい。そのために「Solve the Greatest Challenges for Customer Success & Humanity by Technology」というミッションにしました。
このミッションを社員ひとりひとりの目線で考えると、単に製品を出すために技術を使うということではなく、技術を使って世界中のお客様や人類全体に貢献しようという視点を持つことに繋がります。私たちは世界のPC出荷台数のシェアはNo.1です。つまり、私たちが優れた製品を出すことで世界中のビジネスに対して貢献できる。自分たちは技術で世界に貢献できる。それを自分の「やりがい」とし、また次のチャレンジにつなげていく。このミッションはそういったサイクルに繋げられるものにしていきたい。
角:なるほど、自分が世界中の人たちに貢献できているという実感や可能性、それがミッションに込められていると。続いて、ビジョンについてもご説明いただけますでしょうか。
塚本:ビジョンは2つあります。1つ目は簡単に言うと「技術のコアをしっかり育てていこう」ということです。昔はパソコンを日本で開発するのが当たり前でした。日本でディスプレイを作っていたし、ハードディスクも作っていた。様々な製品や要素技術が日本にありました。でも今は全部日本から海外に出ていったので、研究開発拠点としての技術力がないと日本で開発する理由がなくなってしまいます。そこで様々な壁を越えて知識や経験をしっかり深め、それぞれの技術力やスキルを高める。それらを繋いで協業し、優れた製品を生み出していく。そんな意図を込めて「Drive Japan Collaborative Core Technologies for Ultimate User Experience」と定めました。
そしてもう一つは、個々のタレントや技術、スキルなどを大事にし、どう組織文化を育てていくか、というものです。挑戦して、楽しんでそれを乗り越えることで成長する。成長することにやりがいを感じてさらに挑戦する。そういうループが実現できる機会や働き方が提供され、人材が育ち、優秀な人材が集まることで世界一の研究開発チームにしたい。そこで2つ目のビジョンは「Be the Best Place to Challenge and Grow」としました。
角:なるほど、二つのビジョンの意図や関係性がよくわかりました。入山先生はこのミッションやビジョンについてどう思われますか。例えばレノボのような外資系企業では、日本が独自のミッションやビジョンをつくることの難しさもあると思いますが。
入山:それはずばり会社の戦略によります。グローバルでの統合とローカルへの適応について整理をした理論があります。「IRフレームワーク」と言いますが、グローバル統合とローカル適応の二軸で考える。「I」は「Integrated」、「統合された」の意味で、世界全体で標準化して統一していくかどうか。「I」が強い企業は世界中どこでも同じ方向を向き、同じものを作り、同じような人材を育てて、ブランドを1個にまとめていくやり方になる。 典型的なのがアップルですね。
村上:シリコンバレーのIT企業はそのパターンが多いですね。
入山:もう一方の「R」は「Responsiveness」、「反応性」という意味です。お客さんとか地域で状況が違うことに対してどこまで適応するかという観点です。「R」が強い企業は地域それぞれの良さを発揮し、うまく組み合わせていこうという戦略になります。一番わかりやすいのはFMCG系(Fast Moving Consumer Goods:日用消費財)の会社です。ユニリーバとか、ネスレとかP&Gは国によってブランドを変えていたりします。臣さんが言うように、レノボのようなIT系のグローバル企業はI要素が強いところが多い。でもレノボはすごくユニークで、極めてR要素の強い会社です。日本だけでなく色々な企業をM&Aしていますが、その後の統合にじっくり時間をかける。会社の中にはいろんな人がいて、文化がある。ある意味ボトムアップでそれぞれの力を自由に発揮していくこと価値を見いだしているのではないでしょうか。
角:なるほど、それぞれの文化を大事にしているから、M&A後にしっかり時間をかけて融合しているんですね。多くの日本人にとっては安心感を感じられる、馴染みやすい企業文化かもしれませんね。
入山:だから日本の研究開発部門として、なすべきミッションやビジョンを作る。グローバルのミッション・ビジョンを理解しながら、日本のR&Dとしてどのようにやっていこう、ということを考える。それは会社の特徴に沿っているので、僕はありだと思います。
現場感のあるバリューの策定を
村上:今回のミッションでいいなと思うのは、「最も重要な課題をテクノロジーで解決する」という意図が込められているところです。つまり、課題をいくつ解決したかというように計量が可能です。これにより後から検証できる。とはいえ、「最も重要な課題」が何かというのは、これから皆さんのバリュー策定の議論の中で言語化しなくちゃいけない部分ですよね。
塚本:そうですね。みんながこれを見て考えないといけないのは、「the Greatest Challenges」が自分にとって何かいうところです。例えば、自分はどんな技術を習得しないといけないのかを考える。世界中の人が使ってくれている製品ですので、世界中でお客様が目の前にいる。世界中で課題を聞いて、それをゴールに反映し、アクションを起こしていく。今でもやっていることですが、しっかり仕組みとして、マネジメントも現場の社員も、皆がもっと考え、自らのアクションに繋げていけるようなことを実現したいと思っています。
角:先ほどバリューの話が出ましたが、バリューはどのように作っていくべきでしょうか。
村上:バリューは個々人が毎日行う意思決定の際に助けになるものです。Yahoo!の場合だと「爆速」、「ユーザーファースト」、「課題解決」など5つ作りました。バリューを作る前の当時、組織が大きくなって社内最適化が起こり、ユーザーのことではなく社内の論理で物事が決まることが増えていました。そうすると、時間をかけて作ったのに結局何の役に立つのかよくわからないサービスが立ち上がる。だから、どっちを向いてどんな風に仕事をすればいいのかの指針として、とにかく「ユーザーファースト」、「爆速」みたいな、分かりやすいキーワードで、日々の意思決定のコンパスになるツールとしてバリューをつくりました。
入山:バリューもとても重要ですね。レノボは今、ミッションとビジョンを作ったところなので、まず、みんながこれらに対して腹落ちするようにしていくことが重要です。その先にはバリューがあります。先ほどのバリューは「行動規範」に近いものでしたが、バリューは「価値観」と訳す場合もあり、その場合はカルチャー・文化と近い意味になります。行動や意思決定に繋げやすいのは行動規範です。つまり、これから行動規範を定める必要があります。その数は10個以下でいいです。海外の研究ではバリューの数は少ない方が良いというものもあります。
塚本:ありがとうございます。まだバリューの策定までは手が付けられていませんが、ミッション・ビジョンと繋がるバリューをどのように決めていけば皆さんが腹落ちできるのかというところから考えていきたいです。
入山:その項目がレノボじゃないとできないこと、レノボらしいことであればメンバーの腹落ちにつながります。だから明確な言語化がすごく重要です。日本の企業でもミッション・ビジョン・バリューなどを作っているところは多くありますが、似たような当たり障りのない言葉を使っているので会社名を隠すとどの会社か当てられない。
村上:それは現場を巻き込んでないからですね。Yahoo!でバリューを決めたときのメンバーは基本的に部長や本部長でしたが、死ぬほど現場で働いていたんですね。そういうメンバーが自分たちが変えなくちゃいけないものが何かを毎日議論した。その中でたまたま出てきたのが「爆速」だったんです。当時は新しいサービスを作ろうと思っても承認を8個くらいもらう必要があった。だから早くしたいという想いはあったがうまく言語化できなかった。そのうちに誰かが「爆速」という言葉を思いつき、すぐにみんなが「それだ!」となった。現場で働いている、よく知っている人間が腹落ちしてるから、これは社員みんなが腹落ちするという自信があった。
入山:そういう時ってだいたい新しい言葉ができますね。そもそもイノベーションは新しいことをやることなので新しい言葉が生まれても不思議ではないんですよ。
角:じゃあこれからバリューをつくっていくときにレノボでも新しい言葉ができるかもしれませんね。
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