緊急対談:厚労省改革若手チームによる「厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言」の真実に迫る!
2019年8月26日に開示された厚労省改革若手チームによる「厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言」。その策定の中心人物である久米隼人氏とフィラメントCEO角勝が緊急対談。提言書作成の背景と厚労省の実態について伺いました。
令和元年8月 厚生労働省改革若手チームによる緊急提言「厚生労働省を変えるために、すべての職員で実現させること。」https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/youth_team.html
*本記事は、2019年4月に㈱フィラメントのコーポレートメディアで公開された記事の再掲です。
■緊急提言書作成の背景とは
角:今回の提言書は、すごい反響でしたね。
久米:はい。予想以上でした。
角:中央省庁の中でも厚労省が特別に多忙であるということは、意外に世間には知られていなかったのではないでしょうか。
久米:そうですね。Twitterなどでは、「公務員って大変なんだ」「悩みは民間企業と同じなんだな」といった「共感を持てた」という声が多かったのは意外でした。
角:そもそも、なぜ厚労省で今回の提言書を作ることになったのでしょうか?
久米:いくつか理由はありますが、厚労省の業務は、医療・年金・福祉・労働・子ども政策など、幅広い範囲でかつ国民の生活に密着した行政のため国民からの期待も非常に高いです。
その分、仕事にやりがいと誇りを持っている若手職員が多いのですが、心身の負担が大きいことから仕事を続けることができないという声もあがっています。以前は、年度ごとに医療や年金など話題となるトピックスがわかれていた印象ですが、最近では一年中どの部局も忙しい状態です。
角:人数規模としては、他の省より多いのでしょうか?
久米:厚労省本省で3800人ですが、他の省庁も数千人規模なのでそこまで変わらないです。肌感覚として、他省に比べてかなり忙しいというのは事実です。他省は国会の会期中に業務が集中するなど、ある意味季節労働的なところがありますが、厚労省は常に多忙であると同時に、国会の会期中はどんどん仕事が溜まっていくという状態です。
角:なるほど。増員される予定はないのですか?
久米:今回の提言書でも増員要請は出しています。ただ、人員は内閣人事局の管轄で、国の組織は年単位かつ縦割りなので、現状は各省庁内で人を融通するしかない状況です。そもそも公務員をどんどん減らせという世の中ですしね。
角:とはいえ、今年だけでも裁量労働制データの問題・統計問題・雇用問題など厚労省管轄のトピックスは多いですよね。
久米:そのとおりです。不祥事が起きるとそこに人が投入されて他のチェック体制が甘くなり、またミスが起こるという悪循環がずっと続いています。すべて部局でそうなっていて、全く余裕がない状態です。
このままでは国民の期待に応えられない状態であり、この負のスパイラルを止めないと結局は国民の不利益になるという危機感が今回の緊急提言に繋がりました。
■一番負担なのは「国会関連業務」
久米:改革の方向性としての3本柱を提示していますが、その中でも「生産性の徹底的な向上のための業務改善」を1番に掲げています。1つ目の改革のゴールは、省職員が本来やるべき、自分にしかできない仕事に集中できるようになることです。
角:業務改善の具体的な提言としてはどのような内容があげられるのでしょうか。やはり国会関係がメインになってきますか?
久米:そうですね。アンケートの回答では、負担を感じる業務は「国会関連業務」が63%で一番多いです。例えば「国会答弁回数」は、国会に呼ばれる回数だけで2212回。他にも書面での答弁や審議もあります。
角:「訴訟件数」も圧倒的ですよね。2位が93件に対して、厚労省は1位で1179件というのは2桁も違いますよ。
久米:そうなんです。例えば、最近ではハンセン病のご家族の訴訟など、違憲審査に関わる重要な案件も多く、国民の期待の反面なのですが業務量が増えているのは事実です。
角:業務量の多さは、国会のルールや慣習といった面の影響もありそうですよね。
久米:そう感じることはあります。例えば、国会の委員会開催スケジュールの決定が2日前くらいなのですが、それから質問通告が来ます。そのため前日深夜に作業をすることも多いので、「委員会開催スケジュールの早期合意・共有と質問通告2日前ルールの徹底」といった内容の国会への申し入れを今回の提言書にも盛り込んでいます。他にも、「委員会でのPC・タブレット利用の解禁」や「委員会での出入りの柔軟化」など、改善いただけると負担が軽減されるだろうなと感じることはあります。
角:1つ実現するだけでも、だいぶ違いそうですね。
久米:はい。ただし、国会関連業務の改善は省内だけの問題ではなく、国会の協力が必要なので難しいです。どうしても議員の先生への働きかけや協力が必要になります。
角:そこは誰に相談したりするものなのでしょうか。やはり小泉大臣とか?
久米:そうですね。小泉大臣が厚労部会長をやっていただいていた時には、若手の我々のチームを気にかけて支援をしていただきました。国会の仕組みについては、議員の先生に国会対策委員会などで議論していただく必要があります。
角:ぜひ前向きに議論していただきたいものですね。
■月10万件の問い合わせに4人で対応
角:「電話対応」も負担を感じる業務としてあがっていますね。
久米:はい。重要な業務改善の提言のひとつとして、「コールセンター改革」も掲げています。
角:私も4年前まで約20年間大阪市役所の職員だったのですが、福祉の部門が中心で介護保険が立ち上がる平成13年頃も担当していました。
久米:一番大変な時期に担当されていたんですね。
角:当時の福祉部門は民生局という名前でした。その後は障がい者福祉を担当しました。
久米:障害者自立支援法制定の際、厚労省が障がい者の方に取り囲まれて職員が外に出られなかったということもあったと聞いています。
角:当時は日本全国に厚労省の腕利きが集まって特別チームができていたんですよね。大阪府に出向されていた方々とは、毎年我が家でお花見をしたりと今でも親交があります。当時は私たちも毎日深夜2時まで残業、というか2時が定時でそれ以降が残業と言っているような環境でしたね。
久米:厚労省関係を担当する自治体の方も大変なんですよね。
角:福祉部門は、常に電話が多いんですよね。
久米:そうなんですよ、本当に。だいたいは自治体で完結するのですが、そこで解決しなかった方々から厚労省に電話がかかってきます。
角:本省の職員の方々も電話対応をしているのですか?
久米:はい。いまコールセンター対応者は4人で、電話の件数は毎月10万件です。コールセンターで取りきれない9万何千件を本省で政策立案を担当している若手の職員がとっている状態です。
角:10万件に4人!?それは大変ですね。
久米:国民の意見をダイレクトに聞くのは非常に大切なことですが、我々の仕事は一億人の国民の皆さんの政策に関わるのでバランスは考えなければいけません。
アンケートでは、若手の7割は電話対応により本来行うべき仕事に集中できないと回答しています。コールセンター改革は喫緊の改善すべき課題です。
■生産性向上へ向けた提言
角:相当な業務量だと思うのですが、残業の考え方はどうなっているのでしょうか?国家公務員は労働基準法の適用外とも聞くのですが。
久米:残業手当はありますが、予算制約があるので予算の執行の範囲内でつきます。おかしな話ですが、厚労省の労働時間に満額残業を付けたら予算が足りないわけです。ただし、そもそもの業務分担や仕組みを見直すことで労働時間を削減できるところがたくさんありますので、それをやった上で残業手当が足りないという議論をすべきかなと思っています。
角:デジタル化や外部委託という選択肢もあると思うのですが。
久米:まさにそれも提案のひとつです。「審議会等の会場設営などの準備業務の分業・集約化」「自動文字起こしシステムの導入」、テレワークやペーパーレスといった「デジタライゼーションの推進」などを掲げています。
角:ただ、いざ外注するとなると、業務の切り出しの要件定義とか、仕様書を誰が書くのかとか、そのための手間が発生しますよね。
久米:そうなんですよね。入札をかけるまでの手間、秘密漏洩や外注した業務がブラックボックス化するリスクなど、いざやろうとなると課題が出てきます。
角:一時的にはコスト増になるものもありますしね。
久米:切り出すためにかかるコストと切り出したことで捻出できるコストとのバランスが難しいです。切り出す委託コストはオンですが、その業務をしていた職員の残業代は元々予算に入っているので、数値上はコスト増に見えてしまいます。
角:そこに対しての対策や方針はありますか?
久米:ある程度は初期コストをかけるしかない部分だと思っています。提案を出すにあたり、省内複数の部局と調整した中でも一番揉めた部分です。「改革のために俺の仕事を増やさないでくれ」と言われて、「それが会計課長の意見なんだな」と返すといった感じで。
角:絶対言う人いますよね。
久米:そこは一人ずつ話して、理解をしてもらうように努めています。
角:すでに具体的に進んでいることはあるのでしょうか?
久米:いくつかトライしています。例えば、書類のセットなどを少しずつ外注してみたり、フリーアドレスもいきなり全省ではなく、一部のグループでやってみてから広げていくなどを試しています。
角:着実に取り組み始めているんですね。デジタル化の部分はどうですか?
久米:まさにそこは予算要求にのせているところです。文字起こしシステム以外にも、「書類の電子化・会議等のペーパーレス化の徹底」「グループチャットシステムの導入などを掲げて、グループチャットシステムは、トライアルとして、MicrosoftのTeamsを100人くらいの規模で実施する予定と聞いています。
角:一部のチームや作業工程でトライしてみて本格導入という流れですね。
久米:そうですね。でもこんなの一般企業では普通ですよね。働き方改革を推奨している厚労省ができていないのは恥ずかしいことだと思っています。
角:私は4年前に独立して一番固い自治体という組織から、真逆のような現在の仕事に振り切った経験から両方を知っていますが、まだまだデジタル化が進んでいない企業のほうが多いですよ。
■活き活きとした働き方の実現へ
角:「テレワーク環境の整備」といった働き方に対する項目もありますね。すでにテレワークは実施しているのでしょうか?
久米:昨年7月にシステムを全面交換してノートPCを支給したので、一部可能になりました。今後は全員ができるような拡大要求をしています。
角:必要なことですよね。久米さんもお子さんのお迎えや在宅勤務もされていますよね。
久米:私の場合は、妻もキャリアの同期なのですが、息子が6歳になる今年の夏までは妻に仕事をセーブしてもらってきました。ただそういった働き方が続けば、妻のキャリアに関わります。なので、今年の夏から役割を交代して妻が制限なく働くという生活にしています。
角:現在は子供がいて仕事をセーブすることが、結果的にキャリアに関わってしまうということでしょうか。
久米:残念ながらそういった状況はあります。物理的拘束時間が取れないと戦力として不十分な働き方の部分が多いです。でも、それを変えていかなければいけません。子育てや介護と両立をする人がもっと増えてくる中で、そういう人が活躍できる組織にしなければと思っています。
角:そのためにも「意欲と能力を最大限発揮できる人事制度」の提言になるわけですね。
久米:そのとおりです。
角:この提言書を見たとき、大前提として思ったのはもっと人間的な生活をしてほしいと思ったんですよね。月に230時間も仕事をするのが当たり前というのがそもそもおかしいと誰かが言わないと変わらない。この提言書を作った意義としてまずそこが評価されるべきだと思いました。
久米:我々もそれをすごく考えていて、今回、厚労省を退職した人にも何人もヒアリングをしたのですが、みんな厚労省の仕事は人を幸せにするもので、やりがいもあるし楽しい仕事だったが、自分の健康問題や家族のためには辞めざるを得なかったという人があまりにも多かった。そんな辞め方は本来のあるべき姿ではないと思います。
角:やりたいこと見つけて高みを目指して辞めたというよりも、厚労省の仕事を続けたくて限界まで頑張ったけど、辞めざるを得なかったということですよね。
久米:働き方改革の旗振りをしている厚労省がそんな状態では、政策に力がこもらず、働き方改革が空虚な言葉になってしまいます。まず我々が活き活きとした働き方を実現して、効果を実感しないと働き方改革は進んでいきません。
角:私も経験がありますが、毎日深夜の2時まで働くことが続くと生活も荒れるんですよね。自分も周りも気持ちが荒んで、自分たちが消耗品のように感じていました。
この提言書を見たとき、自分の中でいろんなものがフラッシュバックしたような感覚になって、この提言書を世の中の人に知ってもらい、人間らしく活き活きと働くって何なのかを考えてほしいと思ったのが今日お声かけをした一番の理由です。
久米:まさにそれが働き方改革ですよね。霞が関全体の話ですが今の仕組みのままではどんどん人が辞めていきますし、優秀な人も入ってこない。民間でも社会貢献に繋がる仕事はたくさんありますが、法律・経済・行政知識を司って対策を打つという役割は厚労省にしかできないことで、そこに人材は必要です。
角:この提言書の内容が1つずつでも実行されて、活き活きと働いていける職場になってほしいと思いました。
久米:まずはスタートラインに立ったと思うので、これから実行フェーズをしっかりやっていきたいと思います。
角:私たちもいろいろサポートさせてください!応援しています!今日はありがとうございました!
【プロフィール】
久米 隼人(くめ・はやと)
1982年徳島県出身。2006年東京大学経済学部卒業後、厚生労働省入省。医療政策・障害者政策・働き方改革などを歴任し、現在、大臣官房人事課において、厚労省の組織改革を担当。2014年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(社会保障)、2015年ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン修士(政治学)
角 勝(すみ・まさる)
株式会社フィラメント 代表取締役CEO
1995年~2015年、大阪市役所に勤務し、「大阪イノベーションハブ」の立上げと企画運営を担当。2015年、大阪市を退職し、フィラメントを設立した。多くの企業で新規事業開発プログラムの構築・実行支援や独自設計したワークショップとコミュニティマネジメント手法を用いた人材開発・組織開発を手掛ける。2016年には企業アライアンス型オープンイノベーション拠点「The DECK」の立上げにも参画し、他のコワーキング・コラボレーションスペースのコンセプトメイキングや活性化にもアドバイザリーを提供している。