修羅場をくぐった経験者が明かす、新規事業の失敗率を下げる方法(全員本音)
1992年の「世界の時価総額トップ50」には、NTTを筆頭に10社の日本企業が名を連ねていました。しかし、現在はトヨタ1社のみ。約30年の間に、グローバルにおける日本企業のポジションはここまで変わっています。今回は、この状況に一石を投じる個性派イノベーターたちが三者三様の持論を展開した「Interop Tokyo 2019」スペシャルセッションの模様をレポートします。(文:酒井真弓)
*本記事は、2019年7月に㈱フィラメントのコーポレートメディアで公開された記事の再掲です。
うだつの上がらない日本企業は、社内をどう変えるべきか
及川:私が最も変えたいのは、「人事制度」。専門性を生かした米国のジョブ型雇用に対し、日本は一社で長く働くことを前提としたメンバーシップ型雇用。社員は、いざとなったら職種を変えてでもジェネラルに活躍することが期待されてきました。しかし、変化に追従し、新たな事業を創造する上では、何でもできるようでいて何ら専門性を持たないジェネラリストより、ひとつの専門性を持つ人間が価値を生む。特に私がいたソフトウェアの世界では、コンピュータサイエンスの確固たるバックグラウンドを持った人間たちが世の中を変えている様子を見るにつけ、やはり日本企業もジョブ型雇用にしなければいけないと。そのためには、評価システム、組織設計を抜本的に変える必要がある。
北島:メンバーシップ型雇用は、今いる人間でどうやって最適化しようかと考えてしまい、市場で勝てるチームを作るという視点に欠けてしまうケースがありますよね。
角:なるほど。僕は公務員でしたが、まさにジェネラリストじゃないと評価されなかった。
及川:公務員の評価ってどうなってるの?
角:多くの大企業と同じように一応順位づけをしますが、あまり差をつけないようにされています。また、たくさん残業しているといった類の頑張りに対する評価で、成果に対してではない印象。だから及川さんが言った評価システムを変えるという意見にはすごく共感します。
北島:僕が変えたいのは、「文化」です。リスクを負ってでもチャレンジする文化は、成長の武器になる。僕は、中古車売買サービスを展開するIDOM(旧ガリバー)で新規事業、人事、経営企画を兼ねていました。なぜなら、新規事業のために人を採用してもすぐ辞めてしまうんですね。エンジニアが入社しても営業が強い組織だとなかなか馴染めずに辞めてしまう。多様なバックグラウンドを持った人材を積極的に採用し、「動物園」のような環境を作ったのですが、うまくワークしなかった。外から来た人が、既存事業と連動したり、顧客データなどのデータ資産へアクセスするのが難しいという状況がスピードに直結してしまったんです。
北島:資金面でも、スタートアップのほうがリスクマネーを持っている。「お金もスピードもこのままで、どうやって勝つんだ」という問題に直面し、新規事業だけではなく、人事、経営の面からも会社の文化を変える必要があると考えるようになりました。
勝瀬:「社内など変えない」というのが僕の答え。社内を変えるために時間や労力を使うほど無駄なことはない。その間にビジネスの機会を逸してしまいます。
角:最後に視点を変える勝瀬節、すごいですね。
勝瀬:社内を変える代わりに、僕は事業を展開する業界やマーケットなど「外部環境を変える」。生物の目標は生存だと言われますが、外部環境が変わらないのに自らを変える生物ってどうやらいないらしいんですよね。例えば、ほぼ環境が変わらない深海に生息するシーラカンスは、3億5千万年もの間、その姿を変えずに生き残っています。逆に、外部環境が変わると生物は変わらざるを得ない。
及川:外部環境が変わることで内部の新陳代謝が促されるというのはその通り。例えば、IBMは、昔は大型汎用機をはじめとしたハードウェア中心の企業でしたが、今はクラウドやコグニティブに力点を置いている。看板は同じでも、外部環境に応じて中身を変えていくことで生き残り続けています。
勝瀬:昨日、大腸がんの先生に教えてもらったのですが、小腸は癌になりにくい。なぜだかわかります?
一同:わからない。
勝瀬:小腸の細胞ってすごいスピードで入れ替わるんですって。細胞がどんどん新しくなるので、癌になる暇がない。同じことが企業にも言えるのではないかと。
角:面白いですね。企業を小腸の環境に変えていけば、新陳代謝が早まって癌化しない。
及川:いや、それだとすごいスピードでメンバーを入れ替えないといけなくなっちゃうから。(一同笑い)
新しい事業を創れる人の能力、気質、思考回路
角:皆さんは、新しい事業を始めるとしたら、何をどんな領域でやりますか? またそれはなぜですか?
勝瀬:不動産事業です。なぜなら市場が大きいですが分断化されているからです。不動産マーケットは賃貸だけでも国内で年間約12兆円のお金が動く。ホテルが約1.3兆、Eコマースが約18兆であることを考えると非常に大きな市場。それなのに賃貸は、インターネットで気になる物件を見つけて店舗に行くとまだ紙で商売をしている。住むには寝具、家電、ネット環境などが必要なのに備え付けられてはいない。無駄だらけでマーケットがめちゃでかい。デジタルトランスフォーメーションの文脈でいうと、これは勝てる可能性があるなと思います。
角:勝瀬さんがやっている「OYO LIFE」は、賃貸のややこしいプロセスやペインポイントをかなり解消していますよね。
勝瀬:僕は以前、ホテル宿泊予約サイト「Booking.com」の日本代表をしていたのですが、ホテルって予約から支払いまで簡単じゃないですか。一方で賃貸は、数カ月分先払いで、対面でしか契約できず、鍵をもらってもまだ電気もガスもつきません。不動産屋がそのままのやり方でホテルをやると、そんなホテルになるわけです。逆に、ホテル屋が賃貸をやるとめちゃくちゃ便利なものになる。そりゃそっちの方が強いだろうと。
北島:僕も外から積極的に採用して「動物園」を作っていたIDOM時代の経験をお話しすると、違う業界のグローバル企業から移籍してきた彼は、新規事業開発室に入るのを拒んだんですね。彼は、「既存ビジネスの構造を理解したい」と言って中古車売買事業の中枢へ行き、すべての販路を調査して、アフリカでUberがシェアを拡大し始めたことで売れる車種・台数が変わってきていることを突き止めた。彼は、Uberと直接取引するために交渉し、新しい事業が立ち上がった。外から来た人の新しい見方によって、自分たちがこれまで築いてきた価値が再定義されたんですね。新しいプロダクトを市場に投入する以外に、企業価値の源泉になっているものを別の視点で見直すことも一手だと思います。
及川:業界の常識にとらわれていない分、違うドメインから来た人間のほうが、不便さやおかしな制約に気づけることもありますよね。Googleストリートビューが日本に入ってきたとき、悪用する犯罪者が増えるのではないかと言われ、Googleは総叩きにあったんですよ。実は同じ頃、日本でも限定されたエリアで同じことをやっているスタートアップが存在したのですが、レギュレーション面への配慮からコンシューマ市場に出すのを控えていた。しかし、Googleは「そんなこと知らないもんね」と入ってきて、総叩きにあったものの、カメラの位置を下げたりモザイクを入れるなどのイテレーションを回して、今はもう反発する人はほとんどいないですよね。
勝瀬:琵琶湖のブラックバスを思い出しました。お作法よくエコシステムを作っていたところに突然現れて、均衡していたのが一気に崩されるみたいな。
及川:それは非常によい例えで、日本が変わる契機をもたらしてきたのはいつも外来種なんですよね。2000年以降ルールを変えたのはGoogleであり、Amazonであり、Appleであり。黒船によって世の中が変わるというのは、江戸時代後期から変わっていないのかもしれませんね。
もうひとつ。日本は、ひとりの不幸な人を出さないように、全員が平等に不幸になるほうを選ぶ傾向があるんですよ。一方、外資系企業は、ひとりの不幸に固執せず、世の中が総量的に幸せになることを厭わずにやっていけることが強み。黒船側にいた人間としては、そういったマインドも含め、彼らがどうやってイノベーションを起こしているかということを日本企業に伝えていきたいと思っています。
止められ、責められ、新規事業担当者が飲まされる苦渋
角:スタートアップはリスクマネーを使ってリスクをとれるのに、なぜ大企業はそれができないのでしょうか。
勝瀬:大企業は、金も出すけど口も出す。口のほうが多い企業もあります。そうなると、新しいことはだいたいうまくいかない。そんなところから資金調達するのに時間を使うより、やってしまった方が良いくらい。または、資金を入れるとしても20%以下にして、投資として見てくれと。新規の事業として見るからリスクがとれないですけど、投資ならば失敗したっていいじゃないですか。
及川:大企業って、儲かっているところは内部留保してしまっているところも多いじゃないですか。例えば、新規事業に対し、「この期間中であればこの程度の赤字を許容する」とすれば、スタートアップと同様にリスクマネーとして処理できるのではないかと思う。
角:僕のところに相談に来てくれる大企業の新規事業担当者は、必ず開口一番「うちの社員はみんな真面目で」と言うんです。これ、褒めてないんですよ。リスクをとって新しい打ち手を考える、自分のセーフティゾーンを越えていくということにすごくネガティブ。そこをどうすれば変えられるのでしょうか。
勝瀬:大企業の人の多くは、失敗しないようにするのが自分の仕事だと思っている。子育てでも、子供が転ぶのをわかっていてそのまま転ばせる親はあまりいないですよね。上司から、「部下を転ばせないようにするのがお前の仕事だぞ」と言われて、転ぶのを黙って見ていられる根性のある担当者はなかなかいないです。
及川:一方で、子供が歩き出すとか、自転車に乗るとか、大人が経験してきたことで危ないところを見つけたら止めるのは当たり前だと思うのですが、新規事業は組織の中で誰もやったことがないこと。何が正解かわからないところに突っ込んでいこうとしているので、止める理由が本当はないはずなんですね。過去の似たような経験からなんとなく危ないと類推し、「止まれ」と言ってしまっているに過ぎない。
北島:止められるケースもあれば、褒められないケースもありますね。新規事業の性質上、評価を減点方式にしてしまうと褒められることは少ない。だから僕がいた新規事業開発室では、KPIをPOC数やファインディング数などで明確にし、やったら褒められる評価に変えました。
及川:株主が大人しすぎるのも問題。マイクロソフトは、経営状況が悪化していなくても、競合他社と比較して成長スピードが鈍化していると叩かれた。日本は成績の悪いCEOばっかりなのに、株主はそれを責めない。むしろ、成長のために投資してリスクをとりにいったならば責める可能性がある。
失敗の山を築き、たどり着いた「新規事業の失敗率を下げる方法」
角:新しい事業を始めるにあたり、やるべきこと、注意すべきことを教えてください。
勝瀬:お金をいっぱい出してくれて、文句を言わない人を探すことですね。僕は、始めからうまくいったことなんて今まで一度もないし、うまくいきかけてダメになったことも山ほどある。事業はどうせピボットするんです。安定させることができるのは外部環境くらいです。僕はシーラカンスのように非常に守られた環境ですくすくと育ちたいので、そういう環境を整備したいですね。
角:なるほど。物言わぬ投資家を見つけるということですね。
勝瀬:シリアルアントレプレナーの人たちは、二回目、三回目と起業する中で信頼を得て、物言わぬ投資家を見つけているんですよ。
角:トラックレコードが外部環境を整えるということですね。勝瀬さんの経歴を振り返るとすごい納得感。
勝瀬:僕は失敗を繰り返しているけど、それでもお金を出してくれる人がいるのは、バッターボックスに立っていること自体も評価されるという証明だと思います。
角:普通は一度失敗したら心が折れて、もうやめておこうと思うじゃないですか。それでもなぜバッターボックスに立つんですか?
勝瀬:辛くて眠れなかったり、4時頃に目が覚めて、このままどこかへ逃げようかなとかいつも考えていますが、それでもバッターボックスに立つのは、このゲームが面白いからですかね。
北島:勝瀬さんの「事業はピボットする論」にも繋がりますが、新規事業に限らず社内で新しい取り組みを始めるときは、必ず大きめにテーマを設定します。IDOMでは、新規事業として月額契約で自動車を乗り換えられるサブスクリプションサービスを始めましたが、当時、「サブスクが来る」ではなく、「MaaS(Mobility as a Service)が来る」とめちゃくちゃ大きく銘打ったんですよ。これだと物事が大きく見えるし、テーマに幅を持たせることで、もし失敗しても事業をピボットしやすい。
勝瀬:投資家と話しているときに嘘をつかないって重要。だから真実の範囲を大きくしておくこと大事。
北島:また、大きなテーマを掲げておくと、良い方向転換のきっかけとなるようなイシューと出会う確率も上がる。たとえ事業をピボットすることになっても、「良質なデータを集めるための手段だった」と割り切って考えることができる。
及川:グローバル展開を考えるならば、それを想定してイニシャルのターゲットを設定することも重要です。グローバルに打って出たいと考えているスタートアップ企業は多い。しかし、その多くがグローバルに出られない。要因は、まず日本での成功を考え、日本のマーケットに最適化されすぎてしまうこと。その頃になるとエグジットしてマザーズに上場していたりして、投資家からも「その状況で海外行くんですか」などと言われてしまい、どんどん縛りが増えてしまう。
角:新しいことをするとき、口を出す人が増えれば増えるほど、本来あるべき素直な意思決定が阻害される。結果として、この30年間で日本企業のグローバルなポジションが失われていった。裏を返せば、素直な意思決定ができる環境をどう整備していくかがポイントだということ。そのヒントがいただけたセッションだったと思います。ありがとうございました。
編集後記
大きな声では言えませんが……そんな枕詞とともに、筆者はこれまでいくつかの新規事業開発部から彼らが抱える閉塞感を聞きました。既存ビジネスと同様に短期的な成果を求められ、プロトタイプより上層部への説明資料作りに時間をとられ、中には期待との乖離から心を病み、月にひとりは出社しなくなるというケースもありました。長い年月で培われた失敗が許されない空気がそうさせているのかもしれません。しかし、北島氏の言葉を借りれば、失敗は「良質なデータを集めるための手段」であり、事業をよりよくするための過程に過ぎません。修羅場をくぐり、現在進行形で新規事業に携わる三者の放談から、閉塞感を打破する考え方、行動のヒントが少しでも見出せればと思います。
【プロフィール】
及川卓也(おいかわ・たくや)
Tably株式会社
代表取締役 Technology Enabler
大学を卒業後、外資系IT企業3社とスタートアップ勤務を経て、2017年6月に独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。尊敬する人は英ヴァージン・グループ総帥のリチャード・ブランソン。彼が好きな言葉、Nothing Ventured, Nothing Gained(挑まなければ得られない)を座右の銘としている。
北島昇(きたじま・のぼる)
株式会社電脳交通 取締役/COO
学生時代に起業。9年ほど経営経験を経て、2007年株式会社IDOM(ガリバーインターナショナル)入社。2016年同社執行役員就任。経営企画、マーケティング、新規事業開発、人事、広報、カスタマーサクセスの責任者を歴任。事業開発と組織・人財開発を両輪とするIDOMのデジタルトランスフォーメーション推進の一端を担う。2019年3月に取締役として徳島の株式会社電脳交通へ参画。東京と徳島で二拠点生活中。
勝瀬博則(かつせ・ひろのり)
OYO TECHNOLOGY&HOSPITALITY JAPAN株式会社 CEO
世界最大の旅行会社Booking.comの元日本代表。2017年香港TinkLab社、Sharp株式会社とホテル向け無料携帯端末handyをスタート。10カ月でホテル業界向けシステムとして24万客室と最速の導入実績を残し、ホテル業界で最も早く成長したIoTサービスとなった。 2018年12月よりインド最大級のホテルチェーンを運営するユニコーン企業OYOとヤフー株式会社の合弁会社「OYO TECHNOLOGY&HOSPITALITY JAPAN株式会社」のCEO。
※プロフィールは初掲当時のものです
角勝(すみ・まさる)
1995年~2015年、大阪市役所にて勤務し「大阪イノベーションハブ」の立上げと企画運営を担当。2015年、大阪市を退職し、フィラメントを設立。多くの企業で新規事業開発プログラムの構築・実行支援や独自設計したワークショップとコミュニティマネジメント手法を用いた人材開発・組織開発を手掛ける。
2016年には企業アライアンス型オープンイノベーション拠点The DECKの立上げにも参画し、他のコワーキング・コラボレーションスペースのコンセプトメイキングや活性化にもアドバイザリーを提供。