マイクロソフト澤円さんが伝える「変わる人」と「変わらない人」の違い
終身雇用が崩壊し、年金など将来への不安が漂う一方、「人生100年時代」とも呼ばれています。会社に毎日行くだけでは幸せになれない、いや、これからは、生きていくことすら難しくなるかもしれません。そんな中で注目されているのが「自分を幸せにする〝複〟業」です。世間で言われている「副業」とは何が違うのか。「複業」を実践するマイクロソフト「伝説のマネージャー」澤円(さわ・まどか)さんと、フィラメント代表の角が、若者と接する機会が多い関西大学梅田キャンパスオフィスの財前英司さんを交え、考えてみました。
*本記事は、2019年8月に㈱フィラメントのコーポレートメディアで公開された記事の再掲です。
「会社に入ってしまえば安心」か?
角:終身雇用が崩壊し、年金制度も崩壊が始まっていると思います。一方で「人生100年時代」とも言われています。企業という「船」に一度乗ると安心する人が多いけど、大企業のような大きな船でも沈む時は沈む。そんな中で「ちゃんと自分の船を持たないと」と思う人が増えているように思います。澤さんは、マイクロソフトの社内でも高く評価され、社外でも活躍されていますが、そんな澤さんから見て、これからの働き方ってどうなると思いますか?
澤:「大きい船に乗って安心」と思っている人がいることに、僕はびっくりします。例えば、日本企業の体育会系気質。「1年早く入ったら偉そうにして良い」という謎ルールがあるけど、1年早く生まれようが、能力が無い人は無いんですよ。
角:ははは
澤:能力を評価する今の時代がフェアなんであって、今までが異常だった。社員がいさえすれば、会社の売り上げが上がって、社員も安定した収入が得られるというけど、僕は「そんなんねえよな」と若い頃から思っていたんです。資本主義なんだから、マーケットのニーズに応えられなくなったら会社は当然つぶれるのですが、「そうじゃない」と思っている人が結構多い。
角:たしかに。「先輩後輩」みたいな。その考え方って儒教的なんですよね。年長が尊敬の源泉というのは、よく考えたらおかしい。
澤:おかしいでしょ。たまたま、先に生まれているだけ。有能さが市場価値になる資本主義社会では、無能な人が上にいた場合はボトルネックにしかならない。
角:最近思うのは、日本の大企業はもともと工場なんですよ。工場は「製品が売れたら新しい工場を建てて」と生産計画を立てますよね。その計画のもとでは、毎年春に新卒を一括採用するシステムは理にかなっていたと思うんです。それに加えて、年功序列だと管理が楽。年功序列、終身雇用が、工場の生産計画と抜群にフィットしていたんじゃないかな。高度経済成長期は「作ったら売れる」だったのが、今はマーケットを見ないと売れない、あるいはマーケットを見ていても売れなかったりしています。
澤:「年長者が偉い」という簡単な図式で進めるのを改めて来なかったことが、日本企業のマネジメントの劣化の原因の一つじゃないかとは思いますね。
会社を終わらせる「オジさん部長」
澤:日本企業では、オジさんが部長をやっていて、それよりちょっと若いオジさんが課長をやってというヒエラルキーができていて、その部長が能力も無いのに権限を持っていたりします。
角:ははは。まったくおっしゃる通り。全員が同じ規格だという前提で、組織が組まれていますよね。
澤:そうそう。工場制みたいになっているんです。だから、私がキャリア教育の話をする時に、この図をよく使うんですが、人と仕事がくっついた時、人間というのはこの四つのどこかに必ず入ります。縦軸が知識・経験で、横軸がスピード。左上が「〝賢い〟けど〝遅い〟」人。知識・経験があるけど手が動かせない。これは役職者に多い。右下が「〝速い〟けど〝愚か〟」な人。頭を使わないでいい人。これはロボットに置き換わられる人たちです。例えば、紙に早く印鑑を押せるとかですね。すごいけど、それができるロボットが出てきたら、その人は仕事を失います。
角:お札をすごいスピードで数えられるとか。
澤:そうそう。ロボットには勝てない。ロボットは24時間できるんですから。左下の「〝愚か〟で〝遅い〟」というのが最悪の状態です。右上が「〝賢い〟かつ〝速い〟」。どんな人も必ずこの四つのどこかに入ります。勘違いしないでほしいのは、これは「あなたが今仕事をしている状態」を指しているということです。どの人も自分が選んだ仕事や状況でこの四つのどこかに置かれます。頭が良くても、不向きな仕事をすれば「〝愚か〟で〝遅い〟」に入ってしまいます。逆に言えば、仕事と状況を変えれば、誰もが「〝賢い〟かつ〝速い〟」になれる。例えば、僕は絶対に経理に向いていませんが、「お前明日から経理をやれ」と言われたら、「〝愚か〟で〝遅い〟」になります。僕は数字に興味なく、経理の仕事にそもそも向いてないから「〝愚か〟で〝遅い〟」にしかならない。僕は今、年間300回前後プレゼンテーションをしていますが、プレゼンを禁止されたら「〝賢い〟けど〝遅い〟」になってしまいます。知識・経験はあるけども実践できない。すると、「俺がプレゼンやればなあ」とか言う嫌なオヤジ、評論家になってしまう。実績が中途半端にあるから、部下が否定もできないんです。これは組織を致命的に駄目にします。
角:なるほど。
澤:「〝賢い〟けど〝遅い〟」人が多いほど、組織の成長を阻害します。いま日本の大多数の企業はこの状態に陥っていますね。上がだぶついていて、その人たちは手を動かせないので、組織の成長を大きく阻害しています。
誰でも「賢く速い」人になれる
澤:「〝賢い〟かつ〝速い〟」人を、僕は「組織全体を引き揚げる〝上層気流〟を作り出す人」と呼んでいます。その人がほかの人をサポートする、というのではなくて、その人が伸びれば伸びるほど、あるいはその人のフォロワーが増えれば増えるほど、流れがそっちへ行きます。
角:あー、よく分かります。
澤:日本の組織が駄目になっているのは、人事異動によって一定期間で「〝愚か〟で〝遅い〟」に人材をすべて入れてしまうからです。例えば公務員。3年に1回異動があって、業務の初心者に戻してしまいますよね。
角:僕はそれで辞めてますからね。(角は元公務員)
澤:そうでしょ。角さんは自分を「〝賢い〟かつ〝速い〟」に置けることを知ってしまったから飛び出せた。みんなそれをやればいいんですよ。
角:どうしたら、みんな、「〝賢い〟かつ〝速い〟」に行けるんですか?
澤:僕は「自分が輝く場所を見つけろ」と言っています。米国のハーバードビジネススクールで「学びのフレームワーク」と呼ばれているようなのですが、学びには「knowing」「doing」「being」の3ステップがあるとされています。knowing、つまり「知る」こと。本を読む、先生の話を聞く。こうやって知識を蓄えるのがかつての学びでした。今も日本の教育はこれが主流ですね。次の段階がdoing。実践主義です。シリコンバレー流ですね。まず手を動かす、行動する。「プロダクトを作れ。マーケットに出せ。叩かれろ。そしたら直せ」で、グルグル回して、とにかく実践します。でも、世界はもう一歩先を行っている。それが「being」です。「どう在れば自分がもっと輝くのか」を自分で定義する。このbeingを探すのが企業のトップの間ですごく大事になっていて、スティーブ・ジョブズはやたら瞑想をやっていました。シリコンバレーの他の経営者も「自分と対話して、自分を知ることが大切」と気づいています。
角:最近、お世話になっている友人がやたら筋トレを僕に薦めてくるんですよ。サウナにもよく行っていて、どちらも、対話のための時間なのかなと思います。
澤:まさにそう!筋トレとサウナの間は、スマホは見られないでしょ?体と会話をしないと、サウナだったらぶっ倒れるし、筋トレだったらケガをする。だから自分と対話できるんです。
角:僕も、自分の講演のスライドを作るときに、スーパー銭湯に行って1時間ぐらい、ずーっとぬるい湯に入り続けます。すると、ストーリーラインがだんだん決まってきて、湯から出た瞬間にスマホにメモを取ります。結局、インプットを1回遮断して、自分と向き合い、内省的に考えることが大事ということですね。
澤:そう。アプローチは人によるんです。ひたすらじーっと黙って自分と向き合うというタイプの人もいれば、アウトプットしながら構築する人もいます。
角:ほうほう
澤:人と話しながら、だんだんと自分の考えをまとめていくというタイプの人もいますね。他人に答えを求めているのではなくて、人とやりとりすることで自分の中のロジックを構築していくタイプです。ピーター・ドラッカー(経営学者)は「学ぶ上で一番効率的な方法は人に教えることだ」と言っています。教えるのは、構造化していないと伝えることができないので。
角:分かります。僕もアクションして、学びがあったら、それを言語化しなくちゃいけないと思っていて、何か気づきがあった時に、忘れないよう、すぐフェイスブックに書くんですよ。それをやると、いろんな人が、自分の気づきにコメントを寄せて広げてくれ、気づきの厚みが増すみたいなことがありますね。
「変わる人」と「変わらない人」の違い
角:昨日、そこにいる財前さんからすごく良い話を聞いたんです。ちょっと、お見せしていいですか。僕のフェイスブックの昨日の書き込み。
角:この話は、財前さんから聞いた話をそのまま書いたんです。財前さんちょっとこっちに来てもらって良いですか。
澤:角さんが書いている、この「すぐやる」がdoingなんですよ。
角:そう、doing。「この記事を読んで、動いていない人が動けるようになったらいいな」というのが僕の思いで、どうやったらそれができるのかというヒントを澤さんから引き出したいんです。
澤:それは僕が提供するものじゃないと思います。さっき言ったように、その人の在りようの中にそれはある。「自分の中を掘りなさい」なんですよ。
角:なるほど。じゃあ、「自分の中を掘るための時間をまず取ってみる」が先ですかね。
澤:「難しいんです、変わろうと思っても変われないんです!」と言う人がいますよよね。そういう人には「申し訳ないけど、あなたに割いている時間は、私の人生にはない」と言います。「変わりたい」ということならこっちも手伝おうと思うけど、「変われない自分」「やらない自分」をアピールされてもね。
財前:「変われない」とアピールするだけの人と「変わりたい」と行動する人の違いって、澤さんが日ごろ言っている「人生は1回きり。有限だ」というのを強く意識しているか否かの違いですよね。大病とか、人生が大きく転回する経験をした人は「人生はいつか終わる」ことを意識するので、澤さんが言うように「無駄なことをしている時間は無い」と思って、すぐやる。だから、それを邪魔してくるのであれば、「あなたに割いている時間は、私の人生に無い」と言うしかないですよね。
澤:あなたの人生が生きられない、それだけなんですよね。
必要とされている実感、ありますか?
澤:外資系企業は「ドライ」「冷たい」と言われますが、フェアなだけなんです。成果を出さなければ「向いていない仕事に人生を浪費している」と見られます。もちろん、いきなり解雇という会社もありますが、マイクロソフトは優しいので、「ジョブサーチ」という、3カ月間、仕事探しだけの時間を与え、その間、給料も払っています。
角:えっ!?
澤:ジョブサーチの期間は、語学学校に行っても良いし、いろんな会社に面接して回っても良い。親切なんです。
角:ほお~。僕は思うんですけど、誰かに必要とされている実感が湧く時が、社会で自分が価値を発揮できている時だと思うんですよ。
澤:うんうん
角:それが無い人生ってむなしいじゃないですか。
澤:そうそう
角:それが感じられる人生を僕は求めたんです。自分の価値がすごく高く感じられる瞬間を1回でも経験すると、そこを求めるようになっていくんじゃないかと思いますね。そういう体験って、若いうちにさせてあげると、「〝賢い〟けど〝遅い〟」オジさん部長にはならないんじゃないかと思っています。
自分の価値を1社だけにとどめない
角:普段、若い人と接しておられる財前さんは、どう思いますか?
財前:人に必要とされることって、喜びじゃないですか。私は結構、学生に小さいお願い事をしますね。「ちょっとこれ、やっておいて」と小さなお願いをして、できたら、「ありがとう」と言う。こういうやりとりをすると、学生も自信がついてきます。
いきなり「いついつまでに、こういう市場調査をやって」という大きいお願いをしてしまうと、学生はできない。でも、「周りの学生がどういうアプリを使っているか教えて」と小さく頼ると、「財前さんこうですよ」と教えてくれて、こちらも「ありがとう」と言う。そうすると、学生は嬉しい。
誰かに頼られて、自分が回答できたみたいな。このプロセスが学生にとっては良いのかなと思います。
あと、今の学生は友達の仲間内での学びが特に強い。僕らより知識や情報量が豊富で、おいしい店とかも、仲間内でシェアしています。
澤:私の身の回りを見ても、「シェアリング」と「コミュニティ」をミレニアル世代は「すごく重視している」と言っていますね。
財前さんは少し若いけど、我々の世代は物質的だった。良い車に乗っているとか、良い家に住んでいるというのが、価値があることでした。しかし、20代の若者と話すと、彼らは「コミュニティの中で貢献できる」ことに価値を置いているように感じます。
コミュニティの中で有用な情報が提供できたとか、面白がられたとか、そういったことが本人たちの成功体験になっている。
角:コミュニティというのは友達同士の?
澤:そういうのもありますよね。クラブ活動もそうかもしれない。インターンをやっていて、企業に組み込まれているのかもしれない。そういったところでの活躍が、本人にとっては価値になっています。
角:これから「副業」がもっとメジャーになっていくとすると、「コミュニティの中で自分がどう貢献できるか」が、副業を始める動機になっていくんですかね?
澤:「副業」と線を引くのもナンセンスで、限られた時間の中で自分の価値を発揮できるところを効率的に求めたら、当然マルチになります。私はそれを「複業」と呼んでいます。本業あってのサブの仕事ではなく、どれも本気で重みを持つ複数の仕事という意味です。自分が所属する会社でしか通用しない肩書きに頼るのではなく、外の世界で自分の価値を見い出す。
角:これからの生き方は、まさに、そうなっていくんだろうなという感じがしますね。
澤:みんな、会社を起点に考え過ぎなんですよ。まず「自分がどう生きたいか」という話があった上で、「会社で働く」のか「個人で仕事をする」のかという選択になるのに、「会社に属しているから〝下〟」と語られるのがおかしい。
協力:関西大学梅田キャンパス KANDAI Me RISE / スタートアップカフェ大阪
(後編はこちら)
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、マイクロソフトに転職。 ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。幅広いテクノロジー領域の啓蒙活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任した。2018年から同社執行役員。現在は、数多くのスタートアップの顧問やアドバイザを兼任し、グローバル人材育成に注力している。また、美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも業界を超えて積極的に行っている。著書は「あたりまえを疑え。自己実現できる働き方のヒント」など多数。年300回前後のプレゼンを行うスペシャリストとしても知られる。琉球大学客員教授でもある。
財前英司(ざいぜん・えいじ)
2012年、関西大学から出資を受け、調達システムの構築・代行・販売を中心とした事業会社を設立。2016年、関西大学梅田キャンパス設立のプロジェクトメンバーとなり、事業構想から立ち上げを行う。現在は関西における起業文化醸成、裾野の拡大を目指し、「STARTUP CAFE OSAKA」のチーフコーディネーターとして、年間300回以上の起業イベントの企画、プロデュースを行いつつ、起業プログラムの開発、起業相談にも対応している。