公民共創、実現のカギは「圧倒的スピード感」と「熱意」~山形県小林剛也さんとNTT Com稲葉秀司さんが明かす現場のリアル~
「壁を壊す」のではなく「壁を乗り越える」という発想
渡邊:2020年7月に小林部長が財務省からの出向で山形県みらい企画創造部長に着任されてから、わずか1年半ぐらいの間に様々なプロジェクトが一気に進みましたね。最初の3~4か月はとにかく徹底的に地元をヒアリングして回られて、そこから11月にZoomで開催した「山形 KAiGO*IRYOU Revolution」へとつながっていったかと思います。
そして結実したのが、NTT Comさんとつるかめさん(特別養護老人ホーム つるかめの縁)による転倒検知のプロジェクト(2021年12月14日~「高齢者の転倒をAIで検知して通知するサービスの実証実験」)ですね。
小林・稲葉:そうですね。
渡邊:こうした地方と首都圏の企業の共創はなかなかスムーズにいかないように思うのですが、どのようにして実現されてきたのでしょうか?
小林:日本は高度経済成長期が終わったくらいから、縦割り組織の弊害がすごく見えてきているように思います。もともとは目標に向かって突き進む上では効率の良いシステムだったのでしょうが、日々刻々と変化する新たな発想を組織の中に取り入れ、スピーディに実現していくことが求められる時代にあって、縦割り組織の意思決定では対応できないことも多くなりました。
他方で、現在存在している縦割りの壁を壊すとなると、そのハレーションも大きいと思います。もちろん、ドラスティックな改革も時には必要だし、それがうまくいくケースもあります。でももっと一般的で現実的なのは、「縦割りの組織の中で、いかにして通常業務ベースでオープンイノベーションを生んでいくか」、ということであり、この命題をもっと真剣に考えるべきだと思っています。経営者や知事のような組織のトップではない私たちのような組織人が、日常業務の延長線上でイノベーションを生み出す方法もあるのではないか。いわば、「縦割りを壊す」のではなく、「縦割りを乗り越える」という考え方ですね。
実は、私は山形県で新しいことをやっているように見えて、一切新しいことはやっていません。新しいことをやる場合、供給者目線でやってしまいがちです。そうではなく、いま各社及び各自治体が置かれている客観的課題もしくは中長期的課題を踏まえて、現場目線で課題解決につなげていくことが大事だと思います。
例えば、現在の山形県の大きな課題としては、高齢化と人口減少。3人に1人以上が高齢者であり、若者が流出し続けています。この解決のためには二つの方向性があると思います。一つ目は、今住んでいらっしゃるお年寄りも含めた住民の方にどんなサービスが提供できるかということ。そしてもう一つは、県内の若者や、外から来る方々にとって、ワクワクできる環境をどうやってつくり出すことができるのかということです。
今回、NTT Comさんとつるかめさんの共創は、まさに一つ目の、高齢化を「課題」としてではなく「チャンス」として再定義し、「高齢化先進県」としてエッジの効いたマーケティングに使っていこう、という発想です。山形県の高齢化率は全国でも6位、トップクラスの高齢化先進県なので、高齢化もしくは介護関連の実需が豊富に存在します。その実需をとらえる過程で、他県もしくは他国に輸出できるモデルも作れるのではないかと思っています。これは実は、二つ目の課題である「若者などにとってワクワクする環境づくり」にも直結します。今回の2つのプロジェクトは、まさに、NTT Comさんに地域の利用者の声や課題に真正面から向き合っていただいたものと思います。
5秒で対応することを心掛ける
渡邊:もともと2020年11月のタイミングで小林さんから山形県で介護のオペレーションを楽にできないかという話をいただいておりまして、ちょうど2019年の9月のDigiComで入賞したチームを、僕らが支援させてもらっていたので、ある程度のプロダクトが育ったタイミングで今回ご紹介させていただきました。
そして、「縦割りを乗り越える」という意味では、稲葉さんはNTT Comの社内ビジネスコンテスト『DigiCom(デジコン)』や社内新規事業創出プログラム『BI Challenge』の主幹の役員をされていますよね。これらの活動も「縦割りを乗り越える」取り組みの一つなのかなと思っています。
稲葉:NTT Comでイノベーションセンターという組織を率いております稲葉と申します。
今、渡邊さんからご紹介いただいた『DigiCom』や『BI Challenge』については、社員自身が所属する組織のミッションと全く関係ない事業アイデアで構わないとしています。そのことは「縦割りを乗り越える」取り組みとも言えますね。実は『DigiCom』『BI Challenge』のいずれもフィラメントにメンタリングで関わっていただいています。そのご縁で山形県さん、さらには今回のように小林部長とまでつながることができました。感謝申し上げます。
渡邊:2020年11月のタイミングで、小林部長から直々に山形県で介護のオペレーションを楽にできる方法はないかというご相談をいただいておりました。同じ時期にちょうど『DigiCom2019』で入賞した新規事業チームをフィラメントが伴走支援させてもらっていたので、ある程度プロダクトが育ったフェーズでご紹介させていただきました。
特に今回の実証実験で使用された転倒検知のアプリは、カメラを使用する関係上、プライバシーの保護については議論が多くなされました。ぼかし方や設置の仕方についても何度も調整しながらやられていたんですが、このあたりの対応の丁寧さというのは、イノベーションセンターあるいは『BI Challenge』としてマネジメント層から何か言われていたりするものなのでしょうか。
稲葉:『BI Challenge』では、社員が自分の本業を抱えながらこの取り組みをやっております。本当にお客様に届けたいという思いが彼らにはあるので、自然と丁寧になっているんじゃないかなと思います。私ができることは、彼らの活動を周囲から邪魔されないよう守ってあげることだと思っています。あとはもう個々人の熱意に任せています。
渡邊:山形で行っている除雪に関するプロジェクト(2022年2月4日より実施した「AIで積雪状況を分析し除雪業務の効率化を目指す実証実験」※米沢市・高畠町)に携わる「愛と誠」という新規事業チームは人柄も素敵なんですよね。だから実証実験をやった地元の人たちに好かれていると思いますし、僕らもすごく嬉しいんです。
あと、今回の共創でいえば圧倒的な「スピード感」が決め手でしたね。フィラメントが「小林さんから聞いている課題を解決できるチームがNTT Comにいますよ」と言ったときに、小林さんがすぐにぱっと対応する人をつなぎ合わせてくれましたよね。ああいった動きというのは、どういう思いでされているのでしょうか?
小林:リードタイムって非常に大事だと思っています。アイデアの熱が冷めないうちに美味しく関係者に召し上がっていただくことが大事なんですね。僕は案件を5秒で対応することを基本としています。組織がかちっとしているところって、大体遅くなりがちなんですよね。ただ別にそれを嘆いてもしようがないので、それを前提として我慢しながら、少なくとも自分は早く動くことが大事だと思います。
リードタイム5秒で対応するには情報量と人脈が大事なんです。理屈ではあまりないんですね。山形県に来てからいろんな人と会って、見知らぬ人でも地元紙の朝刊に載っていたら、すぐそこの会社に電話して意見交換する。面白そうな人がいたら、すぐ友達になっちゃうんです。そういう感じで、気になった地域や分野に関して、自分なりにひたすら掘り下げ、現場に入ります。そうすると、掘り下げた先にいる面白い社長やキーパーソンが、更に人を紹介してくださる場合もあります。こうした人たちは間違いなく面白いわけで、そういうところに早めに到達して、自分の頭の中に「分野別人財リスト」を作っておくことで、スピーディに動けます。
渡邊:なるほど。その意思決定のスピード感が僕らも頼れるところでした。「とりあえず小林部長に持っていったら、何か一緒に取り組めるよね」と。除雪の件はまさにその話だったんですよね。2021年の9月ぐらいに、小林さんと何気ない会話をしていた時に、「雪問題がちょっと大変なんだよね」と、ぽろっとおっしゃっていたんです。
NTT Comさんの「愛と誠」チームも、最初は「路面の穴やへこみを検出するようなツールになったらいいよね」という話をしていたんですが、マネタイズの課題に行き当たりました。
そこから二転三転しているときに、弊社フィラメントCEOの角さんが言った「それ、雪を見られるようにしたら面白いんじゃない?」というアイデアがきっかけになっていて。リサーチしてみると札幌市の除雪費が年間200億円もかかっていることがわかりました。これは山形県にも同じ課題が当てはまるかもということですぐに小林部長につなげました。最終的に県だと規模が大きすぎるので基礎自治体へ話を持っていくことになり、そこからの話が物凄く速かったんですよね。言った翌週にはZoom会議を県の担当者としていただけました。
小林:積雪についてはもともと問題意識がありました。みらい企画創造部は除雪費用の一部を出す交付金を市町村に提供したりしている立場なので、豪雪地域の市町村長さんから要望を受けて、ナマの話、様々なご苦労をお伺いしてきたんですね。
除雪費用は、県全体では国地方併せて年間数百億円くらいになっていて、それを市役所の単独とか交付金とか、国交省等の予算からコファイナンスしている状態なんです。「増やします」と言うのは簡単ですが、厳しい財政状況の下ではそう簡単に除雪費用を増額することは難しいし、逆に数百億円あるんだったら、その1%分だけでも、除雪技術イノベーションに投入することで、人口減少が続く中で一筋の光になるのではないかと思っていました。そういう意味で、今回新しい取り組みに結びついたのは大きかったです。
メディアの効果の最大化には地方メディアと組む
小林:オープンイノベーションを進めるときに、内部的なインセンティブによるのも大事なんですけど、金銭以外の外部的インセンティブというのも結構大事だと思っていて、これが、実は「メディアでの取材」だと思っているんですよ。面白いコンテンツを出すと、地方紙や地元放送局、また全国テレビ局の地方局は割と取り上げてくれるんですね。地方メディアに面白い具体例を取り上げてもらえる確率は、東京でやるよりも単純計算で47倍、なんですね。でも、SNSを見た人にとっては、テレビや新聞に取り上げられた、ということなので、与えるインパクトは地方も全国版も大きく違わないと思うんですよ。こうして、しっかりと地元のメディアさんにも刺さる形で発信していけば、いろいろ面白いことができるんじゃないかと思います。
「メディアへのリーチの効果を最大化するには、地方のメディアと組め!」というのが僕が地方に来てからのテーゼです。しかも例えばNHK山形さんでとりあげられたものが全国放送の『おはよう日本』に出る可能性も秘めているんです。当然、メディア露出だけが目的ではないけれども、やっぱり、チームメンバーのモチベーションや地元の期待もすごく上がる。地元出身の製作者も多いですし、プロジェクトへのコミットメントも一層高まり、成功確率が高まる、といった好循環につながる気がします。
渡邊:つるかめさんの件でも、やっぱりNHK山形からNHKの全国放送枠の『おはよう日本』に取り上げていただきました。
稲葉:あれは自社のニュースリリースに出るよりも、やっているチームのモチベーションにつながりますし、影響度も大きいですね。
「県」というフィルターを通して考える
小林:米沢市・高畠町の除雪に関する話と、さっきのつるかめさんの転倒防止の話との共通項で補足させていただきます。それは「県の役割」という論点です。私も山形県に来る前にはそうでしたが、世間では市町村から都道府県までみんなひっくるめて自治体とか地方公共団体と言っています。しかし、都道府県と市町村では機能が全然違うんですね。
地方自治法に「補完性原則」というのがあって、まず市町村が地方自治の主役であり、都道府県は広域自治体として、市町村の役割をバックアップしたり、単独の市町村だけではできないことをする、という規定になっています。
これを今回の公民連携事案に当てはめると、県外企業さんが地域にアプローチするとき、実は最初に「県」というフィルターを通してアプローチしていただけると、着地点も見つけやすいと思います。なぜならば、県庁のいろんな部署は、県内の市町村の特徴や抱えている様々な課題についてよく知っているので、どの市町村にアプローチすべきか、ということを企業さんにお伝えしやすいと思います。
例えば、「ここの町は先月、除雪のための地域協議会を立ち上げていたので、ぜひそこに話してみたら」とか、そのときの課題感を県が「コンシェルジュ」することができるのです。そうすると、然るべき市町村の担当者も分かる。もちろんどこまでスムーズにご紹介が進むかは担当者次第という面もなくはないですが、少なくとも山形県のみらい企画創造部では、顧客目線で努力しながら、企業さんを最適な市町村につなぐようにしています。
「都道府県庁」のそんな使い方を、日本のビジネスパーソンの方々に知っていただければ、より地元の課題感にマッチした、ソーシャルインパクトがある連携もできるのではないかと思います。それは結果的には、その県や日本の地方全体の発展や課題解決にもつながるのではないかと思います。
稲葉:ありがとうございます。私の部署(イノベーションセンター)にデザイン部門があって、デザイン思考の社内浸透に頑張って取り組んでいます。とにかくユーザーのところに通って徹底的に声を聴けと。そしてマーケティングとデザイン、両方大事なのですが、最初はマーケティングから入るべきだと言っています。というのは、その顧客のペインが実はその人だけのことかもしれません。企業としてビジネスを狙うとなると、そこに市場があるのかどうかというところをまず見て、そこからターゲットとするユーザーの本当の気持ちを聞くという、この行ったり来たりがすごい大事だなと思って、今取り組んでいます。そういった意味では、今の小林さんのお話にあった、県という単位のところでマーケティング的なお付き合いができるのは、非常にありがたいですし、今回のような市や町単位でPoCをさせていただくことで、よりディープインサイトに触れていけたので、本当に良かったです。ありがとうございました。
小林:ありがとうございます。
あとは、今回の除雪に関するプロジェクトで使用しているNTT Comの『coomonita(コーモニタ)』はかなり汎用性が高いシステムだと思うので、除雪だけではなく、「地域インフラとデジタル」という広目の概念でアイデア出しをしてみると面白いと思いました。
例えばですが、タクシーに設置して、それをドライブレコーダー代わりにすると、これまでドライブレコーダーに投入していた費用分が回せると思います。企業も自治体も、このご時世、新規で予算を確保するのは難しいんですけど、既存予算の枠の活用でリプレイスメントでやっていくと、ごそっとデジタル化したりアップグレードされたりする可能性も高いし、担当者としても、「アップデートしました」ということで、その効果を見通しやすいから安心すると思うんですね。そのようなわけで、地元のタクシー会社とコラボして、ドライブレコーダー機能部分を、今回米沢市・高畠町で使っていただいているような装置で見ていくと、ドライブレコーダー機能も当然手に入るし、その実施の過程で新たな需要を発見することになるかもしれません。これまで使われていた部分の予算をリプレイスメントしながら、提供するサービスの質をを向上すると、もしかしたら双方にとってプラスになるのかなと思いました。
稲葉:ありがとうございます。まさに、ちょうど昨日フィラメントさんのメンタリングをチームが受けている中でも出ていたみたいなんですけども、やはり今回、現地でやらせていただいて、初めて分かったことも沢山あったようです。
そして、一つ分かった大事なこととして、米沢市・高畠町の方にヒアリングいただく中で、やっぱり夏場など雪のないときにも使えるものになるといいよねという話が出ていました。そういうところはまさにワークショップ型のアプローチでやらせていただけると、こちらも本当に願ったりかなったりです。そして本当に実際使われる方々にとって意味のあるものになっていくのかなと思っております。
ありがたいご提案いただき、ありがとうございます。実現に向けてこちらも頑張ります。
小林:よろしくお願いします。
渡邊:オープンイノベーションの現場感について、示唆に富んだお話を聞けました。ありがとうございました。
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