“プレゼンの神” 澤円さんが貫く「ギブファースト」な生き方
前編では、マイクロソフト「伝説のマネージャ-」である澤さんから、「自分の在り方」を考え、行動を起こすことの大切さを、そして、自分の価値が認められる「複業」について伺いました。「特別な人」に見えがちな澤さんですが、20代の頃は「愚かで遅いプログラマー」だったそうです。
そんな澤さんが、年間300回前後のプレゼンテーションを行い、多くの人の生き方、働き方を変える「与える人」になれたのは、なぜでしょうか?
後編は「デジタル時代の自分の生かし方」を中心に、引き続き、財前さんを交え、角が伺います。
*本記事は、2019年8月に㈱フィラメントのコーポレートメディアで公開された記事の再掲です。
データがなければ「世界に存在しない」時代
角:私たちは今、どんな時代に生きているんでしょうか?
澤:例えば、アマゾンで買い物をしますね。普通、人は「物を買っている」と思っています。でも、そうではない。実際にはコンテンツを買っています。「先週飲んだワイン美味しかったな、銘柄は確かアレだったよな」と、その銘柄でネット検索をします。出てくるのはコンテンツ。銘柄が分かると、「明日(自宅に)届く店はどこだ」と検索します。データなんですよね。
角:本当だ、データだ。
澤:「その中で一番安いのはどこだ?」
角:ああ!
澤:データなんです。目の前に新しいレストランができて、気になっても、いきなり中に入らず、スマホ出して食べログを見ますよね。
角:見る!
澤:でしょ(笑)。食べログを見て、「口コミもいいね。値段もリーズナブル」となったら、何割かの人は店に入ります。でも、入らない人もいて、その食べログに載っている電話番号に電話をかけて、目の前にある店を予約する。
角:ははは
澤:これが何を意味しているかというと、みんなデータを信用している。リアルじゃなくてデータの方を信用している。だから、データになっていないと「この世に存在しない」ことになります。
リンクトインで自分を可視化する
角:じゃあ、今の学生はリンクトインをするしかないですね。(※リンクトイン=LinkedIn:世界最大のビジネスSNS)
澤:最近ある大学から、「国際的に活躍できる人を育てたい、何から始めたら良いか?」と尋ねられたのですが、「学生全員にリンクトインをやらせて下さい」と答えました。「リンクトインで自分のプロフィールを書いて更新し、投稿する癖を付けさせてください」と。
財前:日本の大学では今、理系の学生は自分のポートフォリオを持っているのですが、文系は持っていない。例えば、ある大学の文系学部を卒業しても、成績証明書しかありません。これからは、何を学んで、何を発言し、どういうプログラムをやったかというポートフォリオが必要になります。
大学だけでなく、中学、高校でも。就職活動の時も「僕のポートフォリオ、今からお送りします」みたいなことが確実に起こります。
角:その人の長年の言行録が見えるようになりますね。
財前:ポートフォリオ化が進むと、リアルな信頼関係も重要度がより増していきます。つまり、ウソがつけない社会になってくる。成績証明書で「優」がいくつあるとか、今まではざっくりとしか分からなかったものが、もう少し詳細に、「彼は発言が良い」とか「プレゼンがうまい」と分かり、可視化されていきます。
角:オンライン上にいる人間はデータとして存在するということになり、可視化されていく。「可視化される努力を、みんなちゃんとやらないといけない」ということですよね。
澤:うんうん
角:そうなると、そのデータに基づいて、人がいろんなところ、例えば、企業を渡っていくことになる。そんな世の中になってゆくわけですね。
デジタル化でアナログも価値が跳ね上がる
澤:でも、全員が全員、デジタルを操れなければならないかというと、そうではありません。デジタルの中でもバリューがある「アナログ」なことをやるのも一つの手だと思います。例えば、食品産業で、食品で何か技術を極めて面白いものを作る。それは大いに結構。ただ、知ってもらうのはデジタルが必要なので、誰かとペアを組む必要があります。
角:なるほど。
澤:デジタルによってさらにその価値を跳ね上げることができます。
角:iPodの最初のころの機種って、日本の職人さんが手仕事で金属研磨をしていたけど、何億台も売れて、手仕事が無理になったそうです。アップルは、その手仕事の作業を録画して、デジタルで機械ができる技術に変えた。本当に価値があって何億台も売れる技術だったら、デジタル化していきましょうという感じになっていくわけですよね。
澤:そうそう
角:自分に本当に価値があれば、誰かと組んでデジタルトランスフォームされていきますよね。そこまで価値がなければ、フェイスブックやリンクトインで自分の足跡をデジタル化していくと、それをベースにマッチングが進み、自分の価値を高める船に乗り込むことができる。そういう今の時代を受け入れて、どんどん自分の価値を高めることを怠らずにやっていくのが、これからの「人生100年時代」を生きていくコツかもしれませんね。
努力するのは「お金のため」か
澤:あとは、何のために努力するかが大事です。「お金を稼ぐため」と言う人がいるけど、お金は手段でしかありません。海外の話ですが、看護師に「死ぬ間際に患者が言った言葉で最も印象が残ったものは?」というアンケートをして、ランキング付けした話があります。1位は「もっと自分を大切に生きれば良かった」でした。なぜそれが1位になるかというと、多くの人が社会のルールに従いすぎて生きているということですね。お金を稼ぐことは大事ですが、それによってどうやって自分がハッピーになるかをデザインするのがより大事です。堀江貴文(ホリエモン)さんがよく言っていますが、「お金を稼ぎたい。お金持ちになりたい。どうすれば良いですか」という質問がホリエモンに来るそうです。ホリエモンは「お金持ちになってどうするの?」と逆に尋ねて、こう続ける。「お金持ちになるだけで、幸せになれるわけじゃないよ」と。金持ちの彼が言うと説得力が半端ないですよね。
角:半端ないですね(笑)
財前:めっちゃ説得力がある(笑)
澤:ホリエモンは幸せなんですよね。なぜかというと、やりたいことをやっているから。
角:自分の中に自分を知る。「自分が本当に求めているものは何なのか」を知らないままに「とりあえずお金を」とかになっていくと、結局、お金を持つことが幸せとイコールではないので、「あれ?」となる。何が大事なのか、「家族と一緒にいる時間の方がよっぽど大事」ということもありますね。
澤:そうそう
角:本当に自分が求めているものを、まず見極めて、それに向けた自分の価値を高めていくことをやっていくということですね。
澤:「自分が何をもって幸せか」ということをちゃんと言語化しておくのは、すごく大事だし、それを常にアップデートし続けるのもすごく大事です。
角:確かに。「何をもって幸せか」って変わりますからね。
澤:自分をアップデートしていく時間を割くことが、これから問われていきます。そうしないと、自分の時間を切り売りしてお金に換えるという生き方に絡め取られてしまう。
かつて「役に立たなかった」澤さん
角:ちなみに今、澤さんが一番大事にしているものって何ですか?
澤:僕は「他者に対する貢献」というのがライフワークにしているので、「最大多数の最大幸福」がビジョンです。できる限り多くの人に会って、その人がハッピーになる手伝いをするというマインドセットを一番重視しています。若い時は汎用機のシステムプログラマーをやっていたのですが、全く向いていなかった。「僕は人の役に立たない時代があまりにも長すぎた」という思いがあります。
角:でも今や、澤さんのプレゼンを聞いて「行動を変える」という人が山ほど出てきています。
澤:そうなるようにと思って自分も振る舞っているので。
角:素晴らしいですね。それって、常に自分を見つめ続けてきたからですよね。
澤:そうですね。だんだんそうなってきましたね。
角:「今、あなたにとって何が大事?」と尋ねられても、答えられない人って多いじゃないですか。今の澤さんみたいに、ぱっと答えが出てきて、生き方とリンクしている。そう感じられるって素晴らしいなと、そういう生き方ができる人が増えればいいな、と思いました。
半径5メートルの人をハッピーに
澤:「自分をアップデートする」というテーマで講座をしたことがあるんです。その時に良いマインドセットとして言っていたのは「半径5メートルの人たちを確実にハッピーにする」ということなんです。半径5メートルって動くんですよ。自分の半径だから。コンビニに行ったらコンビニの店員さん、家にいたら家族、職場に行ったら、受付の人、守衛さん、社員食堂のオバちゃん。その人たちを一瞬でもハッピーにするには何ができるのかを考える。やることはシンプルで良くて、ニコッと笑ってあいさつをするだけでも良いんです。
角:食堂に行ったら必ず「おいしかった。ありがとうございます」と言ってみる?
澤:うん、言ってみる。
財前:私、バスを降りる時に運転手さんに「ありがとう」と言うんです。すると、運転手さんもちょっとうれしそうにしてくれます。
角:財前さん、絶対言うタイプですよね(笑)
財前:守衛のオッちゃんとかに「こんにちは」とか、ガードマンさんに「お疲れ様です」とか言っちゃいますね。
角・澤:わはははは。
財前:今、澤さんが言ったように、「自分の周りの人をハッピーにしていく」という活動が世の中をハッピーにしていくのかなと思います。
澤:僕はそれを「ギブファースト」と呼んでいるんです。ギブ(人に与える)を先にしようというものです。これって要は、人は3種類いて、「ギバー(giver=与える人)」と「テイカー(taker=受け取る人)」と「マッチャー(matcher)」がいます。もらえばお返しをするバランス派がマッチャー、受け取るだけの人がテイカーです。
大成功している人と、残念な搾取をされてしまっている人は、両方ともギバーなんです。てっぺんも底辺もギバーなんです。そこには大きな差があって、与えることによって自分もハッピーになる本物のギバーと、ギブしまくって逆に残念な結果になるだけのギバーがいます。
残念な搾取をされているギバーというのは、やり方を変えれば、成功している側のギバーになれます。だから、「ギブすることをやめる」という選択肢はありえません。テイカーは相当に意識を変えないとギバーにはなれない。
ギブをまずやるというのは結果的に自分をハッピーにするので、自分の方からギブする。「搾取されているな」と気づくというのは、自分がギブしていて初めて気づくことなんです。
角:搾取されている側が成功者としてのギバーに変わるには、どうすれば良いですかね?
澤:「自分は今、テイカーと会っている」という意識をまず持たないといけないので、できる限り多くの人に対してギブを先にしてみます。そうすると、テイカーを見分けられるようになります。。
角:テイカーに吸われているんだ。
澤:そう。
角:その環境を変えれば…。
澤:多くの人に会っていると、「アレ! 自分のやっていることって価値があることなんだ」と気づくので、そうすると、テイカーとは縁を切ろうという判断ができるわけです。
財前:ギバー同志だったら良いですよね。澤さんがおっしゃることをやっていると、この人はギバーだなとか、この人はテイカーだなとか、ギバーはギバー同士が分かってくるでしょうね。
澤:私がプレゼンするイベントなどで言うと、ギブをする価値がある人がそこにいるとか、ボランティアスタッフをやっている人たちといると心地良いとかですね。
そういった心地良さとか自己満足度みたいなものの高まりがないと、代わりに目的が「お金」になります。自分の人生の目的がはっきりしてないと、お金が分かりやすい指標になってしまうんです。
角:なるほどな。自分の中を見つめていて、そういう価値観で判断ができるかですよね。
澤:まず、多くの人に対してギブしてみる。そして、自分でアンテナを立てて、ギブした人からの反応、フィードバックを受ける。
「自分はこれをやったが、それによって幸せと感じたんだろうか?」ということは、それ相応の受信をしないと分かりません。さっきの例えで、守衛さんに「おはようございます」と言う例がありましたが、守衛さんがニコッとすると、こちらがハッピーになるじゃないですか。
財前:そうですよね。
澤:明確にフィードバックがあるわけです。
角:最後にまた良い話が聞けました。一つの組織の中にいると、その組織のルールが全てになるし、「環境は変えられない」と思う。僕が公務員の時、まさにそうでした。
でも、「複業」といった形で一歩外に出ると、違ったルールとか価値観とか、環境が変わって良い場にたくさん出会えることを「楽しい」と感じるようになります。
そうなると、そっちの方が自分の生息する環境として良いですよね。だから、僕が一歩外に出られたというのは、他の人もできるんじゃないかな。いろんな人と接触する機会を築いてみるのが、最初なんだろうなと思います。
そして、その中で自分が積極的にギブしていくと、自分の人生を切り開く第一歩になる。そんな気がしました。
協力:関西大学梅田キャンパス KANDAI Me RISE / スタートアップカフェ大阪
(前編はこちら)
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、マイクロソフトに転職。 ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。幅広いテクノロジー領域の啓蒙活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任した。2018年から同社執行役員。現在は、数多くのスタートアップの顧問やアドバイザを兼任し、グローバル人材育成に注力している。また、美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも業界を超えて積極的に行っている。著書は「あたりまえを疑え。自己実現できる働き方のヒント」など多数。年300回前後のプレゼンを行うスペシャリストとしても知られる。琉球大学客員教授でもある。
財前英司(ざいぜん・えいじ)
2012年、関西大学から出資を受け、調達システムの構築・代行・販売を中心とした事業会社を設立。2016年、関西大学梅田キャンパス設立のプロジェクトメンバーとなり、事業構想から立ち上げを行う。現在は関西における起業文化醸成、裾野の拡大を目指し、「STARTUP CAFE OSAKA」のチーフコーディネーターとして、年間300回以上の起業イベントの企画、プロデュースを行いつつ、起業プログラムの開発、起業相談にも対応している。