事業立ち上げの達人たちが語る新規事業の実践論〜『リーンマネジメントの教科書』を紐解く〜
國友:今日司会進行をする、「『リーンマネジメントの教科書』をテーマにゆるく語らい合う会」を設定させていただいた國友と申します。皆さん、よろしくお願いします。
細野:細野真悟といいます。今、フリーのビジネスデザイナーと名乗ってまして、ビジネスを立ち上げるプロとしてお仕事をさせていただいてます。
一番大きなクライアントが、株式会社ローンディールでCSOとして戦略担当をさせていただいています。ローンディールは、大企業の人材を1年間ベンチャーで武者修行させて、覚醒させて戻すという事業をしている会社です。そのほかにも、個人の方が会社で働きながらビジネスを立ち上げることを支援する、Fukusenという一般社団法人もやってまして、もう三度の飯よりビジネス好きという感じの人間でございます。
今回、『リーンマネジメントの教科書』という本を出版させていただいて、それがきっかけでこんな会を開いていただいて、すごく楽しみにしています。よろしくお願いします。
宮内:宮内俊樹と申します。私は15年ぐらい編集者をやっていて、38歳でヤフーに転身した、結構遅咲きの人間です。
ヤフーでは社会貢献の担当をやったり、あと大阪の開発本部の立ち上げをやったりしました。Yahoo!天気をリニューアルしたときは、ユーザー数がたしか10倍ぐらいになりました。そんな感じで、しっかりといい物を作ることを開発や新規事業の現場等でひたすらやり続けてきた人間です。
今はヤフーを退職して、「ディップ」というバイトルを作っている会社で去年まではプロダクト開発を、今年からはDX事業みたいなところや産学連携のプロジェクト等をやったりしています。
ほかにも副業がいっぱいあって、学校の先生をやったり、一番長いのは音楽ライターをやったり。音楽ライターは23歳ぐらいからやっていて間違いなくこれが本業じゃないかということで、ヤフー時代は「ライターが本業でヤフーはベーシックインカムです」と周りの人に言っていました(笑)。いつか怒られるだろうなと思っていたら、全然怒られないまま結局辞めてしまった、という人間でございます。今日はよろしくお願いします。
國友:お二人ともよろしくお願いします!
プレイングマネージャーとして試行錯誤してきたからこその解像度の高さ
國友:さっそくですが、宮内さんが『リーンマネジメントの教科書』を読んで、まずどんなところが一番気になりましたか?
宮内:一番はやっぱり「これ事業会社を経験している人じゃないと書けないな」と感じる解像度の高さですね。リーンのやり方とかイノベーションの起こし方だけじゃなく、評価制度の中にどう組み入れるかまで書いてあるわけですよ。マネージャーがこれを読んだら、すごい役に立つと思います。
細野:嬉しいですね。
國友:KPI管理する際の評価項目の先導性に設計の妙を感じました。
細野:渋い(笑)。やっぱり経験している人だと分かるんですよね。この本、実際にやっている方の受けが異常にいいんです。もうやっている方からの「よくぞ書いた!」というお褒めの言葉がすごい。それが一番嬉しいです。
宮内:実際やれるんだよ、これを読めば、ということで。
國友:多分、プレイングマネージャーとして試行錯誤してきた人たちが思い当たる節がすごいあると思うんです。恐らくこれまでって、プレイングマネージャーとして試行錯誤して成功を収めた人というのは、「あいつはちょっと特別な動き方をしているから」「天才だから」という一言で片付けられて、それが体系化されていなかったという部分があると思っていて。
細野:さっき解像度が高いというお話をいただいたので、何で解像度が高いのかとちょっと考えてみたんです。僕はリクルートで17年ぐらい働いて、12年間はずっとメンバーだったんですよ。マネージャーではなくずっと企画畑でメンバーとしてやってて。つまり、起案しまくる側なんですよね。跳ね返されまくる側、宿題を出されて起案する側というのを12年間やってきて、13年目に初めてマネージャーになったときの仕事がこれだったんです。なので、起案する側の悲哀をまだ覚えている状態でマネージャーになって、「マネージャーとはかくあるべし」みたいな洗礼を受けないままにやれたことが生々しさにつながっているのかなと思いました。
「既存事業8割、新規事業2割」は分散投資になっていない
宮内:マネージャーの理想でいうと、8割が既存事業とかやるべきこと、2割ぐらいはやっぱり遊べるといいですよね。自分のタスクを10割既存のことに振るという傾向が高いですけど。『リーンマネジメントの教科書』でも書いていらっしゃいましたけど、やっぱりポートフォリオ大事って書いてらして、イノベーションの種って、2割ぐらいでも仕掛けない限り、何も生まれなくて、タスクだけみんなやって終わりになりますよね。そこはやっぱりマネージャーが力。
細野:不確実なVUCAの時代ということで、金融でいうと1社の株に全財産かけると頭おかしいやつじゃないですか。だから絶対に分散投資しろってのはもう絶対的なセオリーじゃないですか。
あれって何でそれがセオリーかというと、金融の値動きが不確実だからですよね。不確実だからポートフォリオを組むのに、何で仕事はポートフォリオ組まないのか。金融の当たり前が、仕事においては常識じゃないってよく考えたらおかしいよねというのをすごく感じています。8:2の法則も20%だけを別のものにってのは分散投資になっていないよなって。
なので、マネージャーの数だけ案件を分散投資できるじゃないですか。これが本当の不確実な時代のチームマネジメントのポートフォリオという概念なんだろうなと、この本を書きながら改めて気付きました。
國友:それは面白いですね。個人のマネージャー単位でポートフォリオを分けるってすごい難しくて、経営者視点では部門で分けるみたいなのはあるんですけれども、そうじゃないという話ですよね。
細野:事業のポートフォリオは経営レベルだと思うんですけど、実験のポートフォリオはマネージャー単位でやっていいんじゃないかというのが、多分今回の本の一番の伝えたいポイントかもしれないです。
宮内:実験でいうと、実験だからそんなに人手がかからないんですよね。
細野:そうなんです。みんなめちゃくちゃデカく考えるんですよ。
宮内:スタートアップの基本ってCTOやCEO含めて3人くらいじゃないですか。あれに近いと考えたら、3人ワンチームでワントライできますよね。
細野:全然いけますよね。
宮内:20人ぐらいいたら4〜5トライぐらいはできるわけですよ。
細野:そういう意味でいうと、大企業ってすごい人的資源があるし、しかもみんな地頭がいい。だから、さっきの3人で1チーム=1つのベンチャーだと見立てたら、何十個もの実験を本気でできてしまう。もう絶対ベンチャーかなわないじゃん!と思うんですよ。
本気で全ての大企業がリーンマネジメントを実装したら、どのベンチャーも絶対かなわないという世界になるのに、やらないから、こうやってベンチャーが生き残る隙間があるんだよなという面白さがありますよね。
宮内:2割なのか、2割の中で何チームもつくって何トライもするのかという考え方の違いはあれども、そのぐらいはマネージャー次第で何とでもなるよね。
細野:そうなんですよね。
実験とスモールスタートは違う
宮内:5章に「実験とスモールスタートは違います」という、非常に重要なワードが書いてあるんですよね。
スモールスタートというのは、全国展開する前に地域の一部でやってみるという、全国展開が前提のもの。これと実験は全く違って、仮説検証することでそこに可能性があるかどうかを確かめるものです。なので、究極、実験は何も必要がないくらいにコストが安いと書いていらっしゃいますね。
僕も大阪時代に新規事業の部門を持っていて、さっき言っていた3人チームを5つ作って、仮説検証をどんどんやれといって。一時期、10件ぐらい新規営業を回しては潰しといったことをやっていました。潰すときは必ずパーティーをやる。これは仮説が失敗だということがわかったからユーザーに悪いサービスが届かなくてよかったパーティー(笑)。
細野:ナイスストップ!みたいな。
宮内:そうです、ナイスストップです。プロトタイピングというのをちょっと重く考え過ぎない方がいいことは、絶対大事ですよね。
細野:小学校から大学まで、リーン的に「ちょっとやってみる」のやり方って一度も教わっていないじゃないですか。大人がもう一度その実験のやり方とか、どうやったら安くできるかみたいなのを、全人類で共有した方がいいんじゃないかと思いますよね。
宮内:なりますよね。ただ、そういう教育というかノウハウって、そんなに難しいことじゃないので。
細野:やればね。
宮内:ねえ。ただやればいいんですけどね。
最初のガツンと来るアイデアをどこで探したらいいか
細野:最初のガツンと来るアイデアをどこで探したらいいかという質問、すごいもらうんです。やり方は3つあると思っていて、1つ目は多分宮内さんもされていると思うんですけど、いろんなアプリを自分で死ぬほど触ってユーザーとして体験するということ。
2つ目はデータを見て、おかしいポイントを探すこと。……まあここも感性なんですけどね。よく感性じゃなくて違和感とか言いますけど、あれも抽象的過ぎて。「違和感を感じろ」という指示って、「楽しめ」と命令されるのと同じぐらい難しいことだと思います。
3つ目が、その組織が大事にしていることの裏に隠れている顧客価値を考えること。ここって結構ないがしろにされがちだと思います。組織が大事にしていることによって犠牲になっている顧客価値は何だという問いに取り組めば、かなりの確率で構造的な伸びしろが見つかると思う。そういう方法が、すごく天邪鬼的なやり方ではあるんですけど、僕はすごい好きなんですよね。
宮内:あと、細野さんも書かれていたように、インプット量って大切ですよね。「ユーザーがこう言っています」という思い込みではなくて、もうちょっと深いインサイトや洞察を導くためのインプットと言いますか。
細野:そういう意味で広い視野、視点みたいなのがすごい重要になってきますよね。マネージャーがそれを持っていると、非常に強いですよね。
最初、それが苦手な子がいてすごく苦しんでいたんです。でも、その子はすごく努力して、怒涛のインプットをして、半年後には追い付いてきましたね。
宮内:怒涛のインプット?
細野:本当に適当に、「『日経TRENDY』の1年分、最後の総まとめの全商品についてこれはなぜ売れたのか?というのを自分の言葉でノートに書いてごらん」って言ったんです。僕は一回もそんなことやったことないのに(笑)。
そうしたら半年後ぐらいに急に筋がいいことを言い出して、「最近は何しているの?」って聞いたら、真っ黒のノートを見せてくれて。「すげえな、やったの!?」みたいな感じで。そういう、本気でやればレベルを上げられるんだという体験があったので、7章で『インプット』について堂々と書けた部分がありますね。
宮内:徹底的にやると見える目線が変わるんですよね。僕も新規事業のチームで「こういうサービス考えました」って持ってきたものについて、競合比較やリサーチを100社やれと雑なことを言ったんですね。そうしたら本当に100社調べ始めてくれるんですけど、大体60社ぐらい行くと同じサービスが見つかるんですよ(笑)。
そうやって蓄積で見える目線が変わってくるなあというのは、今の細野さんと同じような経験ですね。
全部顧客に聞けよ、俺に聞くなよ。
細野:やっぱりスキル云々よりもマインドをどう植え付けるかというのが大事なんですよ。これは本には書かなかったんですけど、メンバーとコミュニケーションしているときに「細野さん、これでよろしいですか?」と聞いてくるけど、「俺が答え知っているわけないじゃん。だって俺はユーザーじゃないもん」と返してました。
宮内:僕も全く同じことを言っています。バイトルって大学生が使うサービスなので、「僕なんかに聞くよりもユーザーである大学生に聞いてくれよ。僕は全然答えを持っていないから、絶対間違うから!」って(笑)。
細野:コンビニで女子高生向けの新作スイーツを発売するかを決めるためにおじさんたちがスイーツを試食している状態だぞ、みたいな感じですね(笑)。
聞く相手がおかしいとは思っているんだけど、上司というか会社に従ってしまうという……。やっぱり会社に従っている方が給料が入ってくるという仕組みを、評価制度の話も含めて変えていかないといけないですね。
宮内:僕、そういう人には「この会社ではそれが普通でも、転職するときの市場価値が高くなくなっちゃうよ」って言ってました。
細野:ああ〜〜〜、同じです!
宮内:市場価値を高くしようと思ったら、マーケットが求めているものを提供することですよね。じゃあマーケットが何を求めているかといったら、早くいいものを作るノウハウを求めているわけなんで。
前職ヤフーのときに社長だった宮坂さん(現東京都副知事)から、「ユーザーに関係ないことはどうでもいい」とひたすら言われました。組織同士の対立みたいなことはユーザーには全く関係ないんですよ。とにかく、ユーザー側になりましょうと。
なので、組織における振る舞い方って書かれた本はこれまであまりなかったですけど、『リーンマネジメントの教科書』ではこのすごい重要な部分を書いていただいているなと感じました。
地獄のピタゴラスイッチ
細野:経営側も本当はマーケットに求められるものを作りたいと思っているわけじゃないですか。なのに大企業においてはマーケットを見ずに社内を見て仕事をするのが最適解になってしまってるんですよね。これを突破しないと、どれだけ新規事業提案制度を入れようが、全部失敗に終わるよなという気持ちがこの本には込められています。
宮内:でも、今後はマーケットを見て仕事ができる人は増えていきそうに思いますし、やっぱり会社における働き方ノウハウを改めて考えるのが必要だと思いますよね。大企業で働くこととリーンマネジメントを分けて考えるというのは、絶対最初に必要じゃないですか。あくまでフェーズの差ですから。最終的に製品を精度よく作るには、やっぱりウォーターフォール(※)で作ったりもするし。
細野:そうそう。最終形までリーンで作ると思っている人が多いんですよね。最初に小さく作って、そのままアジャイルで完成形を作ろうとすると地獄のピタゴラスイッチが始まって終われなくなるという。
宮内:ひたすら追加機能……。
細野:「まだ我々はユーザーの真のニーズを分かっていないから、もっと機能開発しよう」ってなっちゃうんですよね。
耳が痛い声にはちゃんと向き合わなきゃいけない
細野:ユーザーのどの声を聞いて、どの声は聞かないかというのは、いろんな要素がかけ合わさった中での集大成じゃないですか。それが最後にプロダクトとなると。
「どの声を拾い、どの声を無視したらよろしいのでしょうか?」って聞いてくる教科書的な人がいるんですけど。とにかくその質問はヤバいと思っていて。
宮内:端的に言うと、デザイン思考の中でもユーザーがうそをつくみたいなバイアスを排除するテクニックとか、デプスだけじゃなくエスノグラフィックも入れるとか、もちろんあるわけですけどね。やっぱり究極は自分の意思がちゃんとあるかなので、「このサービスめっちゃいいぞ!」と自分で思っていないものを作っちゃったらまずいわけですよね。
細野:そうなんですよ。耳が痛い声にはちゃんと向き合わなきゃいけない。よくあるのが、本当のターゲットユーザーじゃない人の声を最初に聞いてしまって、一歩目を踏み外すというもの。それを言った人ってお客さんじゃないよね?みたいな。
宮内:ヒアリングのユーザー選定でも、結構間違えたりするんですよね。
細野:そうなんですよ。それがすごく多発している気がします。
宮内:僕が今携わっている事業でもそんな感じなんですけど、「怒っている人に話を聞きにいけ」と言っています。クレームを言う人ってめっちゃ怒っているわけですよね。で、その人はやっぱりそれを解決してくれたら本当にうれしい、すごいコアな人なんです。それってある種のブランドコミュニケーションの一環だから、やっぱりユーザーが本気で言っている批判の声をいかに拾うかっていうのが大事だと思います。
國友:そうですね。何かしらの期待があったからこそ怒るパワーもあるということですよね。
宮内:でも、普通に考えると怒っている人のところに行きたくないわけです(笑)。それでも、ヒアリングをしないといけないんですよ。
國友:では、宮内さん、細野さん、リスナーの皆さん、お付き合いいただいて、ありがとうございました。
ぜひ今日のこのお聞きになられた感想とかも、ツイッターで一言つぶやいていただけると幸いです。
細野:死ぬほどエゴサーチをしていますので、お願いします(笑)。
國友:ではでは、ありがとうございました!
宮内:ありがとうございました!
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