『新産業共創スタジオ』とは? 元レノボ・ジャパン社長 SUNDRED CEO 留目真伸氏と緊急対談
【プロフィール】
新たな“産業”を生み出すための仕組み
角:SUNDREDって一言で言うと、何を目指しているんですか?
留目:コンセプトを一言で言うと『新産業共創スタジオ』です。
角:「新事業」ではなく「新産業」なんですね。
留目:はい。スタートアップスタジオという仕組みがあるでしょう?
角:スタートアップが成長するための成長するために必要なリソースやツールを提供する支援の仕組みですよね。
留目:はい。それの「産業版」をつくりたいと思っているんです。
角:SUNDREDが具体的に何をやるのかも気になるところなんですが、まず留目さんにとって「産業」とはどういう意味なのか教えてもらえますか。
留目:僕は産業をエコシステムだと捉えています。
例えば自動車産業は、トヨタや日産のような大企業が中心にいつつ、その周辺には周辺には部品を供給する会社、整備会社、中古車の買い取りや販売をする会社、グッズを扱い会社、レンターカー会社など、さまざまな企業がさまざまな規模で存在している。
で、僕はこの産業を「プラットフォーム事業」と「アプリケーション事業」というというタテとヨコの軸で捉えているんです。
角:どういうことですか?
留目:自動車産業の例だと、自動車の研究から開発、製造、販売までを担うトヨタのようなメーカーがプラットフォーム事業。その他のビジネスがアプリケーション事業というイメージです。
つまり、「自動車を提供し、販売し、アフターケアまで行う」という幅広な価値提供を行う行うプラットフォーム事業があるから、個別のアプリケーション事業が成立すると。逆に、魅力的なアプリケーション事業がなければ、プラットフォーム事業自体の価値も半減してしまう。この両者が相互に好影響を及ぼす関係性を、産業を成長させる成長させるエコシステムだと考えているわけです。
角:なるほど。プラットフォーム事業は、その産業に通底する「軸」を提供するというわけですね。
これ、ちょっと話がずれるかもしれませんけど、例えばMaaSが普及すると、自動車産業の軸が「完成車を提供すること」から「移動体験を提供すること」に変わる気がするんですね。そうなると、トヨタのビジネスも単体のアプリケーション事業になってしまうということですか?
留目:そうなりますね。だからトヨタも危機感を覚え、プラットフォーマーとしての地位を守ろうとしたり、別のアプリケーション事業の立ち上げを目指したりしていると理解できますね。
角:わかりやすい!
SUNDREDが提供する3つのプロセス
角:それでは、このような新産業をつくるための仕組みについて教えてください。SUNDREDは具体的にどんなことをするんでしょうか。
留目:簡単にいうと、新産業をプロデュースするために3つの価値を提供したいと思っています。「シーズの発見」と「設計図の提示」、そして「ステークホルダーのスカウト」です。
留目:まず、どうしたら新しい産業が生まれるのかというシーズを見つけなければならないわけですが、SUNDREDではこれを「トリガー事業」と呼んでいます。
角:お、なんか勢いがありそうな名前ですね(笑)
留目:ですね(笑)。何らかの産業に成長しうるポテンシャルを秘めたビジネス、それはまだアイディアと呼ばれる段階も含めて、これを発見することから始まります。
角:例えばスタートアップが取り組む事業などがそれに該当しますか?
留目:スタートアップはメインターゲットになると思いますが、必ずしもそれに限らないですね。大企業内の新規事業でもいいし、中小企業が持つユニークなビジネスがふさわしいこともある。また、一個人が持つアイディアでも構わないと思っています。
角:アイディアだけでもいいんだ。そうなると、そのポテンシャルを見抜く目利き力が大変そうだけど、SUNDREDは広いアンテナと目利き力でこれらのシーズを発見するわけですね。
留目:そのへんは後で話そうと思っていましたけど(笑)、SUNDREDは多様な人たちが参加できる枠組みにしようと思ってますので、集合知で乗り越えようという感じですね。
角:ガツガツしてすいません(笑)。で、シーズを発見した後、次のプロセスはどうなるんですか?
留目:あるシーズを発見したら、次は「エコシステム構想書」をつくります。そのトリガー事業が成長するために必要な要素や、それが類似のビジネスにも応用可能なプラットフォーム事業に成長していくための条件をまとめた設計図のようなものです。そして、この設計図を実現するために必要なリソースを持っている人たちに声を掛け、参画を促します。これが「設計図の提示」と「ステークホルダーのスカウト」です。
角:あ、SUNDREDが単独で産業を育てるのではなく、いろいろなステークホルダーが参画するわけか。
留目:はい。このステークホルダーには、特に大企業を期待しています。大企業が持っている既存の強いリソースは、新しい産業を生み出すときに活用できるし、活用すべきものでもあります。
角:それは面白いですね!
あるトリガー事業を発見したら、それがいかに大きくなるかを考えるかを考える。そのために必要な要素は独占し、競合他社の参入を阻もうとする。これが従来の考え方ですよね。
でもSUNDREDはそこを一歩飛び越えようとしてる。
どんどん他のアプリケーション事業や場合によっては類似ビジネスの参入を促し、産業を形成しようとしている。これは新しいやりかただと思いますよ!
ただこれって、トリガー事業の事業者にとってはデメリットもあるんじゃないですか?
留目:たしかにトリガー事業の事業者は、まずは自社をいかに成長させるかを考えます。
ただ、成長のための要素を自ら開発、調達し、自社で囲い込み続けることは現実には難しい。スタートアップなどは、これらの要素を獲得するために大企業とのオープンイノベーションに取り組んでいるという側面があるわけです。
角:スタートアップから見ると、オープンイノベーションはそのように見えますね。
留目:しかし、1社のスタートアップと1社の大企業が組んでできることは限られているし、大きな成長は望めない。成長の限界が見えているだけに、大企業もそこまで本気で取り組んでくれるわけでもない。これが今のオープンイノベーションの、一つの問題点とも思うわけです。
だからSUNDREDは、そこをブレイクスルーするために、エコシステム全体の設計をした上で、ステークホルダーを自らスカウトするという価値を提供しようとしているんです。
角:トリガー事業の事業者にとっても、自社の成長のブレイクスルーにつながるのだから、メリットは享受できているということか。
留目:加えて、トリガー事業がひとつのパイロットケースとして成功した際には、そこからプラットフォーム事業を強化していって他のアプリケーション事業の参入や成長を促すわけですが、プラットフォーム事業も事業体ですから、そこに出資したり参画したりというチャンスもあります。トリガー事業の事業者は、ここにも商機を見出すことができます。
角:むしろSUNDREDのトリガー事業として扱われたほうが、自社の成長のチャンスも広がるし、より大きな視点でビジネスを展開できる可能性が広がるということですね。
発想もやり方も、今までの常識とは大きくことなりますね。
「陸上養殖」を多様なステークホルダーで産業化する
角:いや〜、ワクワクしてきました。すでに具体的な候補はあるんですか?
留目:金子コードという会社が手がけているチョウザメの陸上養殖とキャビアの製造がいい例ですね。
角:キャビア!
留目:金子コードは東京都大田区にある中堅企業で、祖業は通信用のケーブルを手がけていました。一方で、事業の多様化にも積極的に取り組んでおり、2014年には食品事業部門を設立。静岡県浜松市春野町でチョウザメの養殖とキャビアの生産に取り組んでいます。
角:え、ケーブル会社で養殖と食品事業をやっているんですか。
留目:陸上養殖って大きなプールで魚介類を育てるので、自然環境の影響を受けにくい。だからある種、工業生産のノウハウが活かせる領域なんですね。
ただ、彼らがやっていることはそれだけではありません。どうすればそこから質の高いキャビアが作れるか。そしてそれを、どうやって市場に売っていくか。プロからのフィードバックを受けています。
角:なるほど〜。でも、ケーブル会社がどうやってフィードバックを受けてるんですか?
留目:金子コードの金子智樹社長が自ら開拓し、著名なシェフとネットワークを築いたんですよ。そして、彼らからフィードバックをもらいながらキャビアの生産に役立てつつ、顧客としても購入してもらっているのです。結果として、このキャビアのクオリティは非常に高く、その価値を実感しているお客様に適正な価格で販売できています。じつは先日、このキャビアはHM女王エリザベス及びクラブ理事長であるエディンバラ公フィリップ王配が特に愛情を持って、とても大切にしているイベントであり、ポロ競技の中で最も著名で由緒あるトーナメントのRoyal Windsor Cup Final 2019という世界最高の場において紹介され、世界の著名人、セレブと言うVVIPの方々に振る舞われたのですが、舌の肥えた方達からも絶賛されるという栄誉を得ました。
角:留目さんのFacebookを見ていて、ずいぶんオシャレしてイギリスに行ってるなと思ったんですけど、こんな目的があったんですね(笑)。いやでも、普通ケーブル会社が異業種に参入するにしても、こんな動きってできないですよね?
留目:そうですね。金子社長と金子コードのチームは極めて優秀で、かつユニークな発想ができたので、これを自ら開拓できましたが、ここまでできるケースはなかなか珍しいと思います。だから、そこをSUNDREDが担うんです。
角:そういうことか!
留目:この事業が成長するためのポイントは3つあって、1つ目は「陸上養殖として高い技術力を有していること」、2つ目は「付加価値の高い食品を開発するためのフィードバックネットワークを有していること」、そして3つ目は「高い付加価値を理解し、購入してくれる顧客網を有していること」です。
このような分析はSUNDREDでつくる「エコシステム構想書」の根幹になりますね。
角:これって、技術は持っているけどビジネス展開が上手く進んでいないスタートアップや中小企業にとっては、ありがたいサポートですね。
ここからプラットフォーム事業はどのように生まれるんですか?
留目:陸上養殖技術を広く提供することと、フィードバックをしてくれるのと同時に質の高い顧客にもなり得るプロフェッショナルコミュニティをシステム化することで成立します。これにより、別の魚介類で陸上養殖に取り組みたいと考える別の事業者が参画することが考えられるし、その輪が大きくなれば新たな物流網、小売網が形成されていく可能性もあります。つまり、プラットフォーム事業から新たなアプリケーション事業が生まれるわけです。特に「食」と「カイゼン」は日本が得意な分野なので、フィードバックの仕組みを正しくエコシステムに組み込んで機能させれば、世界に向けて大きく発展する産業を創り上げていくことも可能です。
角:陸上養殖技術のシステム化やプロフェッショナルコミュニティとの接続というと、参画できる大企業も数多くいそうな気がしますね。今回のケースでは金子コードさんが直接、それを築いてきたわけですが、大企業の力を借りればより速く、大きくなる可能性はありますね。
留目:そもそも、中小企業が取り組むこういう動きって、社会的にはほとんど認知されていませんから。それに光を当てることによって、大企業もステークホルダーとして参画できるようになるし、儲かっている中小企業を1社つくるだけでなく、産業を生み出すことができる。これは新しいコンセプトだと思っています。金子智樹社長もそれに賛同して頂き、自らSUNDREDのパートナーとして一緒に新産業の共創に取り組んでくれています。
角:スタートアップや中小企業と言うと、従来はどうしても大企業の「下請け」的な位置付けになってしまうこともありましたが、この仕組みの場合は、むしろスタートアップや中小企業がコアであり、大企業がそのサポーターになることもあり得るわけですね。これってある意味、オープンイノベーションの本質ですよ。いやー、楽しみです。
(後編に続く)